花筏 | ナノ
09. はなぐもり

「許さんぞマダラ。自分の立場を分かっているのか!…お前のような立場ある人間が婚姻を結ぶということの意味、よく考えろ」

有無を言わさぬ激しさを口にして長老は立ち上がった。部屋を出るため私とマダラの前を通り過ぎる彼。その姿を恐る恐る見あげれば、目が合う。たるんだ瞼の奥から覗く眼差しにこめられた、射抜くように鋭い威圧――その意味は一瞬で理解できた。「身を引け」と、そういうことなのだろう。一瞬のうちの出来事ではあったが私の心を傷めつけるのには十分であった。私は居たたまれず頭を垂れ、長老が部屋から消えた後もただ静かに身体を丸めていた。

「馬鹿馬鹿しい」

なんて唐突に無礼な言葉が隣のマダラから聞こえてギョッと肩を跳ね上げる。いくら長老は部屋から去ったとは言え、もしもどこかでこっそり聞かれていたらどうするの。私は密やかに咎める言葉をマダラへ向けるが、それでも彼は納得しないようでフンと横暴に鼻を鳴らした。

「糞食らえだ。あのジジイの言いなりになってたまるかよ」

あっけらかんにそう言い放つマダラに迷いの色なんてこれっぽっちもない。マダラの怖いもの知らずな度胸に、私はそれ以上何も言うことが出来なかった。表に出すことは出来ないが、本当は嬉しい。マダラが私のことを真剣に考え、どっしりと構えてくれるのはこの上ない幸せだ。しかし私は――この幸福に浸ったままでいいのだろうか。

マダラと想い通じあって年月は経ち、私たちは一人前の大人になった。彼の父うちはタジマさまの死からようやく一族の皆も立ち直り、そしてマダラは正式に頭領になることが決まった。一族の頂点に立つ者としてはまだ若いが、しかしこの時のマダラはとうにうちは一族の中で最強の力を持つ忍である。日々戦いに明け暮れ、結果を残すことが全てのこの時代。戦場で素晴らしい戦果をあげ、そして前頭領の息子で長男のマダラが、タジマさまの跡を継ぐことはおかしなことではなかった。

そしてマダラが立場ある存在となれば無論、どんな妻を娶るかが重要な問題となる。千手一族とうずまき一族が同盟を結び、あの千手柱間とうずまき一族の姫が婚約したと知った我が一族の上役たちは焦ったようだ。マダラは一族の長となったもののまだ歳は若く、実際は一族の長老たちの立場が依然として強い。彼らはマダラを、他所の一族や大名の娘といった身分の高い女性と結婚させたいのだろう。当然である。自由に恋愛して好きな人と結ばれようだなんて、そんな平和な世界ではない。政略結婚という一生を懸けた方法であっても、一族のためであるのなら仕方がないのだ。



マダラが立ち上がるのにつられて私も腰を上げ、二人で部屋から出て行く。渡り廊下を吹く冷たい風に背を丸め、のっそりと曇天を眺めた。真冬を目前に控え、全ての葉を散らしてしまった桜の木。感傷的になっているせいだろうか、そんな桜の様にどこか無常を感じてしまう。


「コマチ、俺はこれから用があるが…家まで送るか?」
「ううん大丈夫、ひとりで帰れる」

そうして静かに微笑めば、マダラは心配そうな眼差しを私に向けた。眉根を寄せるその様子に今一度「大丈夫」と返す。マダラは私が一人で無事帰れるかを心配しているのではない。爺様に結婚を反対され落ち込んでいることをきっと心配しているのだろう。しかし私はすぐに頭を切り替えられるほど気丈ではなく、かと言ってマダラに泣いて甘えるほどの素直さもなかった。早く一人になって静かに落ち込んでいたい。

長老の屋敷の門から出て少し歩いた後、分かれ道で私たちは足を止めた。

「じゃあ、またね」

と残しマダラに背を向けようとしたところで、突然マダラに名前を呼ばれた。引き止める口ぶりに私は目を見開き、呆気なくもぽかんとその場に立ち尽くす。するとマダラは真剣な面持ちでこちらへと一歩近づき、そしてすうっと穏やかに私の頭を撫でた。その大きな図体と怖い顔に似つかわしくない、限りなく柔らかな手つきだった。何度か頭の天辺を撫でた後、髪を滑るように下へと流れたマダラの手。そして名残惜しげに毛先を掬いつつ私から離れていくその手の逞しさを目にした瞬間、たまらなくマダラが恋しくなった。

「気をつけて帰れよ」

長老に悪態をついていた先刻のマダラとは違う、優しく弧を描いた口元で紡がれた一言だった。私は胸のときめきを感じながらも、情けなく顔を熱くする。恋人になる前はあんなに奥手だったというのに、想い通じあってからのマダラは中々に積極的である。私がマダラに迫っていく日々から一転。ここは人通りが少ないとは言え、外でだってこうしてせまってくるマダラに私はすっかりたじろいでしまう。普段の無愛想な様からは考えればちょっと意外な、割りと愛情深いマダラの様子は、彼を恋う私にとっては極上の幸せそのものだった。

―――しかし、もうこの幸せを手放さなくてはならない。マダラと私は結ばれることはない。彼に嫁ぐのは、きっと私ではない誰か他の素敵な女性だ。幸福から一気に物悲しさで満ちる胸中に私はどうしたらいいかも分からず、彼に甘えたい己を懸命に抑えこみ、そして急ぎ足でマダラから去っていった。




******




当然寄り道をする気にもなれず、早々に自宅へ帰った私はそのまま布団を敷いて力なく倒れこんだ。まだ夕方なのに横になるだなんて不精なことこの上無いが、しかし何のやる気も置きない。このまま寝てしまえば、少しでも気分が晴れるだろうか。そんな現実逃避を考えつつ、静かな自室の中ウトウトとまどろんでいると――。

「御免下さい」

外から聞こえる人の声にハッと意識が浮上する。軽く戸が数度叩かれる音に来客だとようやく気づいて、慌てて布団から飛び起きた。すぐさま玄関に向かい戸を開ければ、そこに居たのはイズナくんだった。

「イズナくん…どうしたの」
「急にごめん。明後日の任務の詳細が書いてある巻物、預かってきたから渡しに来たんだ」

と言って彼が差し出す巻物。私は感謝の言葉を口にしながら受け取る。が、腑に落ちない。一族の頭領こそマダラに決まったが、イズナくんだって賢く有能な人物でうちは一族の中でもかなり重要な立場にいる人間だ。そんな地位のある忙しい人がわざわざ、人から巻物を預かってくるなど使いっ走りになるわけがない。おそらく、私に用がある。現にイズナくんは私に巻物を渡した後も世間話を始めたりして、帰る様子は全く無かった。本音を言えば一人っきりでいたかったがせっかくの来客を追い返すわけにもいかず、私はイズナくんに中に入るように促した。

「コマチ、もしかして寝起き?」
「え?なんでっ」
「髪がボサボサだから」

居間に入った途端、からかうような口ぶりでそう言われてしまい、私は恥で赤面する。来客を迎えることばかりに気を取られていて、自分の様子を気にしていなかった。もういい大人の女だと言うのに、なんて情けない…。私は大慌てて髪を手で整えようとするが思いの外絡まりが酷く、イズナくんに申し訳なく思いながらも居間から飛び出した。寝室へと赴き鏡台の中にしまってあったつげ櫛を髪に通す。

「ご、ごめんね。見苦しくて…もうちょっと待ってて」
「いいよいいよ、ごゆっくり」

居間にちらりと顔を覗かせイズナくんに謝れば、彼は全く気にしていない風に明るく笑顔を浮かべる。マダラと同じくイズナくんとも気心しれた長い付き合いだ。彼の前で恥をかいたことなど幼いころから多々あるが、大人になった今でも変わらず受け止めて笑い飛ばしてくれる。優しい人で良かった。安堵に息を吐き出しながらも再び鏡台へ向かおうとする。のだが。

「あ、その櫛って、兄さんから貰ったやつでしょ」

私が手に持つ櫛を見ながら、興味津々と座卓から身を乗り出すイズナくん。私は鏡台へと引っ込むのを止め、今一度イズナくんへと向き直る。

「よく分かったね。なんで?」
「だって、あの兄さんが桜の柄が彫ってある洒落た櫛買ってきたんだ。嫌でも忘れないし、覚えてるよ」

楽しそうに笑う彼の姿に、私の胸が軽くなったような心地がした。つられて顔を綻ばせる。髪を梳かし終わり、櫛を持ったまま居間へと戻ってイズナくんの向かいに座る。そっと櫛を差し出して見せれば、彼は「そうそう、これ」と軽やかな声で再び笑った。

このつげ櫛は、マダラが私に初めてくれた贈り物だ。付き合ってまだ日が浅いころで、自分の誕生日を控えウキウキしていたある日のこと。「何か欲しいものはあるか?」とマダラに尋ねられて私が答えたのは「櫛」であった。今まで使っていたものが大分くたびれてきたし、毎日使うものだからそろそろ新しいものがほしいなあ、なんて軽い気持ちである。しかしマダラが誕生日当日に私に贈ってくれたものは、丁寧に桜の模様が彫られたそれはもう高級そうな本つげの櫛だった。まさかの高価な贈り物に私は慌てたが、しかし当然受け取らないわけにもいかず、その日から大事に大事に使っている。椿油に漬け込む手間でさえも、マダラのことを考えれば喜びの時間だ。

いやまあ、包みを渡すあの時のマダラはしれっとしたお澄まし顔であったが、私の知らないところでイズナくんにおちょくられたり、この櫛を巡って色々な出来事があったんだろうなあ。どうみても女物の櫛をイズナくんに見られ、照れくささに慌てるマダラ。その姿が容易に想像できて、思わず笑い声を零してしまう。

「兄さんは本当、昔からコマチのことすごく大事にしてるよね」

つげ櫛を入れ物にしまった後、お茶をいれるために席を立てば背後から聞こえる台詞。私自身も身を持ってマダラの愛情を感じている。私なんかにはもったいないほどに大きな慈しみだ。イズナくんから見ても明らかな有様なのだろう。いやいやそんな、と謙遜するのもマダラの身内である彼に失礼かと思い、私ははにかみながらも「そう、かな」と曖昧に呟く。

「婚姻の話、俺も聞いたよ。爺様たち猛反対なんだろう」

苦笑いを浮かべる私の頬は、力なく震えた。これがきっと本題だ。一瞬の内にそう悟って唇を綴じ合わせる。今の私が心痛める繊細な問題だが、彼がわざわざ私の家までやってきたのはこのため。私は動揺をひた隠しにしながらもひとまず顔だけ彼に向けて、首を縦に振った。

「兄さんとコマチが結婚すること、もちろん二人で話し合って決めたんだよね?」
「まあ、一応…」
「そうなんだ。それなら心配ないよ、兄さんは他の女性と結婚する気ないし、コマチのことも絶対に諦めないと思うよ」

どんな様子で彼がしゃべっているかは分からないが、こんなに赤裸々なことをポンポンと容易く口にできる辺り、やはりイズナくんはやり手というか。むしろ聞いているこちらのほうが恥ずかしくなってしまい、私は手元が狂って湯のみに注ぐ茶を少し零してしまった。何となくイズナくんの前に戻ることが気恥ずかしくなるが、当然このまま呆けているわけにもいかない。私は2つの湯のみとお茶菓子が乗るお盆を持ち、ゆっくりと慎重に座卓の元へと戻った。イズナくんは何の裏もなさそうな、素直で真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。

「大丈夫、兄さんが爺様たちに突っつかれて折れるような人間じゃないの、コマチだってよく知ってるだろう」
「知ってる。真面目で頑固な人だもの…」

平素のマダラの頼りがいがある姿を思い出し、目を伏せる。そういうところをきっと私は好きになった。腰を下ろし、イズナくんと二人で静かにお茶をすする。イズナくんの向こうの窓から見える外は、相変わらずの曇り空ですっきりしない様子だった。どこかで物悲しくカラスが鳴いて、沈黙の居間でぼんやり響く。私はそんな中、彼に話そうかどうか思い悩み、そしてもう一口茶を喉に流してからそっと口を開いた。

「マダラが頑固だからこそ、私が引かなきゃいけないと思ってる」

私の一言にイズナくんは微かに目を見開いたが、何も言わなかった。再び襲いかかる無音に私の胸は切なくなり、慌てて次の言葉を結ぶ。

「怖いの。マダラのことは確かに好きだけど、でもそんな柔な感情にほだされてたら罰が当たりそうで…。千手がうずまき一族と結ばれた今、焦る上役たちの気持ちも分かる。一族の利益になる選択をしなきゃいけないって」
「コマチ…」
「でも、理屈では分かっててもマダラが他の女性と結ばれることは苦しい。マダラのこと、本当に好きだから…やっぱり彼と一緒にいたい」

私を気に掛けるような優しい表情で話を聞いてくれるイズナくんの姿。後ろめたさに真っ直ぐ見据えることは出来ない。それでも何とか伏せがちに彼を見ていると、ふと何がきっかけかは分からないが無性に申し訳なさが身体を駆け巡る。

「ごめんね…!何だか私、自分でも何が言いたいのか分からなくて…どうしたらいいかも分からないし…」

お茶を飲んだばかりだというのにいやに乾く喉が不愉快だった。気が動転するあまり、早口になってしまった。私はそれ以上何を言って良いか分からず、だんまりになる。いよいよ重たい空気に耐え切れなくなり俯いて、太ももの上でいじいじと動く自分の指を眺めるしかできなくなった。

この重苦しい雰囲気と重なるのか、唐突に先刻の長老の刺すような視線を思い出す。爺様だってマダラの性格をよく知っているはずだ。私が慎ましく身を引くことを望んでいるに違いない。しかしマダラから身を引いて、私はこれから先一体どうやって生きていけばいいのだろうか。私もマダラも同じ一族、まして彼は頭領という目立つ人間なのだから、嫌でも幾度と無く姿を見かけることになる。その横にいるのは、私ではない違う女性。考えるだけで気が狂いそうだ。いっそのこと戦で散って死に絶えたほうが楽かと思えるほど――恐怖でぶるりと身体を震わせる。

するとイズナくんは湯のみを置き、突然ごほんと大げさに咳払いをした。「コマチ」と名前を呼ばれて恐る恐る顔を上げれば、イズナくんはにっこりと笑みを浮かべて、玄関のほうを指差した。

「今俺に言ってくれたコマチの気持ち、全部兄さんにぶつけておいで」

え?と思う間もなく――こちらに駆けてくるような慌てた人の気配を外から感じた。
まさか。そうして少しの間の後、慌ただしく玄関の戸が叩かれた。

「コマチ、コマチ!」
「マダラ…!」

愛おしい彼の声を耳にして、自然と腰が上がる。引き寄せられるかのように急ぎ足で玄関へと向かって戸を開ければ、その向こうにはやはり、珍しく息を切らしたマダラがそびえるように立っていた。

「今、爺様たち全員に声をかけてきた。西の空き家に集まってもらってる」
「えっ?」

思いもしない展開に驚いた声しか出せず固まっていると、マダラは大きく深呼吸をしていきなり私の両腕を掴んだ。

「コマチ、俺を一生愛すると誓え」

なにを、いきなり。マダラに似つかわしくない、妙に浪漫的なふざけた言葉が飲み込めず、私は怪訝に顔をしかめた。しかし私が疑うような表情を浮かべても、マダラは至って真面目に真っ直ぐと私を見つめたまま。その真っ黒な眼から放たれる貫くような視線に、次第に私は彼が冗談を言っているわけではないと理解する。マダラの額で汗がきらめく様子は、彼が確かに真摯であることを物語っていた。

「俺を一生愛するとコマチがそう誓うのなら、俺はもう迷いはない。政略結婚なんて姑息な真似しなくたって、俺は一族をしっかり導ける」
「でも、どうやって…」
「全力を尽くし爺様たちを納得させて、コマチ、お前を手に入れてみせよう」

まだマダラの息は荒い。それでも彼は懸命に言葉を紡いでくれたのだ。そんなマダラの姿に私の胸は奥底から揺り動かされる。愛しい人にこんなに真面目に愛されて、嬉しくない女がいるのだろうか。感極まるあまり、自ずと唇が震える。気を抜いたら泣いてしまいそう。それほどまでにマダラの台詞は私にとってかけがえのない大切なものだった。両腕に彼の指が食い込む痛みですら、狂おしいほどに愛しい。しかしここで泣いてしまっては駄目だ。まだ駄目だ。もう少し堪えねばと拳を握りしめ、未だ震える口を開いた。

「ごめんなさい」

その瞬間マダラの瞳が揺らいだ。私は慌てて首を横にふる。

「身を引かなきゃいけないって頭ではわかってるの。潔くマダラから離れることこそ、マダラを立てることだって」
「コマチ…」
「でも私、やっぱりマダラのことが好き…離れたくないの!私はマダラと、ずっと一緒にいたい」


今私は人生の分岐点に立っている。これから私が口にする一言で、きっと二人の未来が決まる。迷いがないと言ったら嘘になってしまう。今この瞬間だって、未来への不安で胸は押しつぶされそうだった。しかしこのまま逃げるわけにもいかない。立ち止まっているままでもいられない。

「俺を一生愛すると誓え」と彼のプライドの高さが垣間見える命令形の台詞。しかし強引な言い方ではあるが、マダラは彼なりに私に選択肢をくれた。私の身を案じ、私に今一度考える機会を与えてくれたのだ。なんて愛おしい人。なんてかけがえのない大事な人なのだろう――。

一つ息を吸った後、私の両腕を掴んだままだったマダラの手を自分の手で握り直す。そしてもてる愛情の全てをこめて目を細めた。


「もちろん誓うよ、何があってもずっとマダラを愛してる」


私の言葉を聞き、マダラは笑った。にかっと白い歯を見せながら、少年のようなあどけない笑みだった。

ああ、言ってしまった。私は彼と共に生きる道を、選んでしまった。もう後戻りは出来ない。口にして間もないこの瞬間でさえ、この選択で良かったのかと迷う気持ちが身体中を蝕む。漠然とした恐怖もある。しかしマダラの嬉しそうな笑みを見ていると、全ての憂鬱が吹き飛んでしまうようなそんな気分だった。愛おしい人の喜ぶ姿は何物にも代えがたい、大切なもの。この刹那、ひしひしと身体中の全てでもってマダラへの愛情を感じてしまう。

「よし、じゃあ爺様たちのところへ行くぞコマチ」
「え、ま、待って。いま中にイズナくんが」

するとマダラはビクリと驚いて、私の背後をまん丸の目で見つめていた。振り向いて見れば、イズナくんは楽しそうに笑いながらマダラに軽く手を振っていた。マダラが気づかなかった辺り、イズナくんったら今の今まで気配を消して隠れていたらしい。

「俺も一緒に行く?それとも留守番してようか?」
「俺とコマチ二人の問題だ。イズナ、お前はここで大人しく待ってろ」

今まで周りに誰も居ないと思ってさんざん愛の言葉を口にしていたから恥ずかしいのだろう。マダラは照れくさそうに眉根を寄せながら、イズナくんと話している。私もつられて顔を真っ赤にしていれば、イズナくんは軽やかに私へ近づき、そしてそっとこの背中に彼の手を置いた。着物越しに、イズナくんの手のひらの温かさが伝わってくるような気がした。私を応援してくれるんだと悟り、泣きそうになりながらも感謝の気持ちを込めてイズナくんへ微笑む。
「いってらっしゃい」と穏やかな低い声を確かに耳にしたあと、マダラに腕を引かれながら二人駆け足で夕暮れへと飛び出した。遠くの空、薄くなった雲から淡く橙色の光が輝いている。