忍少年と隠忍自重 081

◇◇◇

電話の相手が出た時、忍は予想外の出来事に放心した。
同時に、あの『鬼』が簡単に自分の携帯番号を教えるような性分ではないと分かっていたはずなのに、それを疑わなかった自分を恥じた。
―――だが、決して『鬼』は忍をからかうためにあの11ケタを教えた訳ではない。

電話の向こう側で、反応がない事を訝しむ気配がして、忍はその声から誰かを知って、応答する。
酷く驚いた様な呼吸音が聞こえた。

≪…。なんで忍が俺の番号知ってるんだ…?≫
『―――なるほど…そういう事ですか…。どうやら薩摩さんは、困った時のために貴方を俺に用意してくれたと言う訳ですか…』

≪―――へ?≫
『いえ、いいんです。こっちの話です。何故俺が龍郎さんの携帯番号を知っている事はともかくとして、俺の話を聞いてくれますか?』

≪お前今どこにいる?…なんだか妙に騒がしくないか……?≫
『ええ。実は今誘拐されてしまって、成り行き色々あって今乱闘騒ぎになってるんです。本当は悠長に電話をしている暇もないんですが…』

≪はっ!?―――まじでどこにいる!?現状を話せ!!≫

酷く焦ったような声に、忍は冷静に会話を続ける。

『後で話しますから、今は話を聞いて下さい。…実は龍郎さんに折り入ってお願いが…」
≪お願い…?≫

『俺の依頼を、受けて欲しいんです』

沈黙が生じる。
何かを逡巡するような間を挟んだ後、ため息が聞こえた。

≪…依頼とはまた、穏やかな話じゃねぇな…お前、俺の本業が何か分かってるだろ?≫
『だからこそ、ですよ』

≪本気か?≫
『もちろんです。金の準備もありますよ。―――少なくとも、龍郎さんがいつも受け持つお仕事の相場以上の用意はできるかと思います。金だけは腐るほどありますから…』

≪…これまたとても14歳のお子様が言える台詞じゃねぇな。…ま、それだけ金持ってる理由は置いておいて、その依頼ってのをひとまず聞いてみようか?≫

この時、忍は藤堂が発狂するような、壮絶な笑みを零して言った。

『―――ふふ…本職の龍郎さんには、とっても簡単な掃除のお仕事ですよ…』

◇◇◇

「―――なんでお前がアイツの手下と交流があるのかについては、不問にしてやる。で、そいつ呼んでお前は何をするつもりだ?」

話を聞き終えた『キング』が終始不機嫌そうに柳眉を寄せたまま、白い目で龍郎を睨んだ。
まるで手を叩いて喜ばんばかりの忍…ではなく、その熱烈な歓迎を受けた龍郎が妬ましい故だった。

『キング』の隠そうともしない殺気染みた視線を受けて、龍郎は「へぇ…噂はホントだった訳か…」と1人呟いた後、忍の代わりの答えた。

「そら若旦那…俺の本職とこの現状見れば自ずと答えは出ますでしょう…?」

龍郎の上司は『鬼』。その甥っ子とあって、『キング』に対する龍郎の接し方は、謙遜だった。

「気に入らねぇな。おい忍、何故俺を頼らねぇんだ…」
「そら自分の始末は自分でつけますわ。―――あんさんにまた『恩』やらなんやらと言われたら敵わんしなぁ?」

「―――…ほぅ。アイツには恩を売っていいが、俺は嫌ってか?」
「そらアンタに頼むよりはよっぽど真っ当な恩返しで済むしなぁ…」

「―――おい」

1人会話に置いて行かれ、苛立ったように『シゲ』が話を遮った。

「一体何を、どうするつもりだ…?」
「そら決まっとりますわ…」

忍は、汚れた地面に転がる『処理物』を一瞥した。

「連中に『ケジメ』つけさせるんですわ」
「…ケジメ?」

「―――言ぅたやろ?『落し前つけさせる』って…。空<ソラ>はんや他の子達を巻き込んで、えらい酷い事しはったんや…。こないな程度じゃ割が合わへんやろうが…」

男達をギリギリの瀕死状態にしておきながら、忍は当たり前のように言ってのけた。

その言葉に何より戸惑ったのは『シゲ』だ。

先ほどの激しい衝動もどこへやら―――迷子になった犬のような顔をする。
しかし、『シゲ』は真剣でいて恐ろしい形相に戻り、忍に恫喝に似た声で詰め寄った。

「…どんな『ケジメ』を付けさせるつもりだ…生温い制裁じゃ俺は、納得しない…」
「目には目を。歯に歯を。―――空<ソラ>はんが受けた苦痛と恥辱を一生掛けて受けてもらうんや…」

「―――…?」
「世の中面白いもんで、男の尻穴が好きなモノ好きがぎょうさんおる…。そんで、それを商売にする店もあるさかい、連中にはそこで社会勉強してもらおう…そういう事や。…なぁに、連中の恥ずかしい写真の一枚二枚でも後で撮っておけば、何も心配はあらへんやろ?…冷たい海の底に沈むよりはずいぶんマシかと思っとるが…なぁ、それじゃ足らへんやろか?」

忍が浮かべているのは仏のような微笑みであるはずなのに、見る者によっては悪名高き閻魔の嘲笑に思えただろう。
少なくとも『シゲ』にはそう見えた。

背筋が凍るような寒さが走り、『シゲ』の中で煮えたぎっていた怒りが急速に静まっていく。

つまり、忍は男達の権利を無視して龍郎に―――龍郎のバッグにある『組織』の息が掛かった専門の店に連中を『売った』のである。

少なくとも、『シゲ』<木内>が想像していた以上の地獄が連中を待っていると思うと、報復としてはお釣りが来るぐらい十分だと思ったが…。

「お前、本当に…そんな事を、するのか…?―――…できるのか?」

『シゲ』<木内>は学校内にいる優等生を脳裏に思い浮かべ、目の前の忍と一致しない事に困惑していた。
これは誰だ。こんな男を知らない―――動揺して落ち着けない『シゲ』<木内>に、忍は微笑みかけた。

「―――そうや、ウチは『そういう事』ができるん…。あんたに別の顔があるように、ウチにも違う一面があるんよ…」


「お前、何者…なんだ?」

思わず出てしまったような『シゲ』<木内>の問いかけに、忍はついに苦笑する。


「―――ほんま、なんでみなウチに『何者』かなんて聞くんやろうなぁ?ウチにもそないな事、分かりませんわ」


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