忍少年と隠忍自重 031


◇ ◇ ◇

「いい買い物をしたな。高峰<タカミネ>」
「はい。翔様」
『キング』は『王者らしく』両足を組んで後部座席に座り、両脇、前後におかれた紙袋の山に満足していた。

せっかくの高級車は、まるでバーゲンセールにでも行ったような、すし詰め状態で、優雅な雰囲気など一欠けらさえない。
助手席にも段ボールが山積みされていて、溢れた段ボールが、運転手の男―――高峰<タカミネ>の横腹に食い込んで痛そうだ。(それでも決して痛そうな顔はしないし、態度にも見せない姿は、さすが天宮家の使用人というべきか…)

―――しかし不思議な事に。

実に不思議な事に、『キング』という存在は、どんな状況でも雰囲気に流されず、この間抜けな状態であっても、それに染まらないようだ。
故に、この窮屈で見苦しい風景の中に『キング』がいても、気にならない。
むしろ彼以外目に入らず、貫禄を見せつけるその美丈夫は、大変な眼の保養になる。(しかし、『ユウジ』などが見たら恐らく大爆笑であるが)

ちなみに、この白やら茶やら桃色やらの和柄の紙袋は、全て『お土産』である。

右から、甘いものから辛いものまで種類豊富の煎餅。
ご当地限定の和菓子の大量買いに、歴史ある老舗の名菓を衝動買い。
更に緑茶、麦茶、ほうじ茶、ウーロン茶などなどの茶っ葉もたっぷりと買い込んだ。(全て厳選されたものだ)

数あれば当たる―――ではないが、きっとこの中に『アイツ』の好きなものがある。

『苦手』『嫌い』など、言わせてたまるものか―――というのは、もはや『キング』の見栄だ。
これら全てを手渡した時の、驚いた顔を想像をする度、うっすら笑みを浮かべる口角が更に持ち上がった。


「―――文句は言わせねぇ…」


なにやら『キング』の背後には見えない猛火が燃え上がっているようだ。
牛革張りのシートに深く腰を沈めた所で、『キング』は買い換えたばかりの携帯が振動している事に気がついた。
上質のスーツのポケットに入れたそれを掴んで、迷惑そうに柳眉を寄せたまま、携帯を上下に振って開く。
しかし、相手の通知番号を見ると、その顔は少しだけ緩くなった。

「なんの用だ、『ユウジ』」

いまから『アイツ』の家に行ってやるのだ―――と、そう楽しげに雑談を交わそうと、その時の『キング』は思っていた。
しかし、向こうの方は、どうやらそれどころではないようだ。

≪―――『キング』…≫

いつも柔らかい声で気さくに挨拶を返す『ユウジ』。
しかし、『ユウジ』の低い声に、『キング』の顔が険しくなる。
携帯越しからでも分かる緊迫感は、脳に緊急事態だと訴えている。

「…何があった」

単刀直入に、『キング』は『ユウジ』に尋ねる。
主の様子の急変に、僅かに運転手の高峰<タカミネ>が反応を示した。
しかしそれは本当に微々たる反応で、今はしっかりと前を見て、ハンドルを握ったまま、目的地に向かって車を走らせている。

彼の仕事は『キング』の異変を察し、ご機嫌を伺う事ではないのだ。

『キング』はフロントガラスをじっと睨みつけたまま、相手からの返答を待つ。

≪縄張り内の入り口に奇妙な茶封筒があった≫
「…」

≪―――見つけたのは俺じゃない。【pandra】の幹部が見つけた≫
「…」

≪爆発物なんて物騒なものは無かったそうだよ。中には手紙一枚と、写真が二枚入ってた≫


「―――で?」

『pandra』に集った人間など、『キング』は興味の欠片も示さない。
集まった連中は、知らぬ間に出来あがった親衛隊に近い存在だ。
勝手に尊敬し、盛り上がり、『我らのキング』だと崇められているに過ぎない。
『キング』は元より孤高を好む猛獣であり、仲間が云々など興味が無いのだ。

―――もちろん『ユウジ』のように例外もいるが…。

例え『pandra』の仲間が窮地に立ってしまったとしても、その処理は『キング』が担うものではない。
それが分かっていながら、電話をかける意味が理解できず(応じないと分かっているはずだ)、『キング』は更に柳眉を怪訝そうに寄せる。

単なる報告とは思えない。
なら、一体『ユウジ』は何を求めて、『キング』に電話をしてきたのか―――

ふいに、『ユウジ』はため息をついた。
それは意を決した様な、そんな息の付き方だった。

≪―――忍さんが、拉致されたかもしれない…≫


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