小さく、些細な出来事でも出会いを大切にするべきだと彼は教えた。

例えそれが望み望まれない―――どの形だとしても。

いつかはそこから生まれる『縁』があるかもしれないのだから。


忍少年と一期一会 01

「はぁ―――…」

見上げた清澄な空に、白い吐息が零れて、拡散する。
季節は冬の初め。
地平線へとゆっくり落ちていく夕焼けを背に、体力の欠片もなさそうな文系少年はぶるりと一度体を震わせた。
首に巻いたこげ茶色のマフラーと黒い毛糸の手袋、紺色のコートを着込んでいても、北風の強さには叶わないようだ。
学校から自宅まで大凡15分―――人気の無い川沿いの砂利道を歩く。
時折すれ違うのは犬を散歩させる老人か、マラソンに励む若者、下手をすれば誰とも出会わない、そんな寂しい細道である。
家まであと5分ほど。

竹林と言うべきか―――獣道のように入り組んだ、地元の人間しか知らない近道を潜り抜けていた時だった。

忍の足並みは、戸惑うように立ち止まる。
黒い革靴が視界に入り、辿るように視線を上げて、呼吸を飲み込んだ。

「…」

眼鏡と長く伸びた前髪の奥底―――眠そうに少し下りていた瞼が、限界まで持ち上がった。
唇から白い吐息が漏れる。

「…人…?」

目の前に、男が一人―――竹を背に力なく座り込んでいた。
動き出す気配はなく、そうやって見ていると精密なリアル人形を見ている気分だ。
目を何度か瞬かせて、本来は左へ曲がる忍の足並みは、警戒しながらも彼の方へ近づいた。

「…そこのあなた」

最初に目についたのは、明るい金色の髪だった。
ワックスか何かをつけて髪型を一定に保っていたようだが、水気を含んで少し草臥れてしまっている。
次に気になったのは紺色のブレザーと青チェックのスラックス。
見間違いようが無い。

それは18年前に新設された私立高校―――月桂学園の制服だった。

別名『ローレイ学園』<成功者の門>と呼ばれるようになったのも、卒業生達の就職先や進学先の良さ故に、自然と生まれた名称なのだろう。
名門と言うには月日は浅いものの、毎年多くの入学希望者が殺到する、そんな男子校なのだと噂で聞いた。
しかし、富裕層という階級が与える影響は凄まじく、善し悪しに構わず色々な風説が流れているため、正直どんな高校なのかは同じ地域とはいえ、理解出来ていなかった。

ただ、時折見かける月桂学園の生徒の容姿は端から端まで整っている者が多い事。
更にはその年で、己に絶対の自信と誇りを持ち、周りに感化されない自分だけの空気を纏っている。

本能のように誰もが気後れし、近寄れない特別な雰囲気が彼ら月桂学園の生徒達にはあった。

そう―――

目撃する者の大半は俳優を見るように渇仰したり、時には深く暗い嫉妬を抱いて注目するのだった。
それにしても何故そんな噂のお人がこんな場所にいるのだろうか。
朝もこの道を通ったが、こんなにも大きな物体は見かけなかった事から、学校に行っている間に彼はここに行き着いたのかもしれない。

―――こんな人気の無い、寂しい場所に…

忍は目の前に起きている現実に終始対応できず、呆然と佇んでいたが、低く唸るような声を聞いて、はっと我に返った。

「ねぇ、あなた、大丈…―――」

そう言い掛けて、言葉を呑んだ。
右腕のブレザーの生地についた血脈―――辿ると二の腕が傷口になっていた。
まるで包丁で線を入れて焼いた時のウインナーみたく、ぱっかり肉が割れている。

膝をついて、男を細かく観察する。
頬に触れると、驚くほど体温が低く、怪我を負った腕もひんやりと冷たい。
実際には服が濡れていたため、霜が降りて少し凍っていた。通り雨があったから、それをまともに浴びたのだろう。
軽く180センチ以上はありそうな長身が細かに震えているのも無理はない話だ。
こんな寒空の下。風邪を引かない方がおかしいこの状況に、忍は両目を伏せて、人知れず溜め息を零す。
寝ていると言うよりは、失神していると考えるべきだろう。

耳には銀色のピアス。更には首からも、腰からも下げた銀に輝くチェーンの装飾品を一瞥してから、興味の欠片も示さない―――けれど、忍の窺うような眼が、男の青い顔を覗き込む。
外人のように高い鼻と、時折切なげに揺れる長い睫。
難しい事でも考えているように、固くなに閉ざした唇には乾いた血がこびり付いていた。
引き締まっている左頬とを比べて、右頬には殴られたような赤い腫れが小さな山を作り、それが少し目立つ。
しかし、彼にそんな怪我があったとしても、人の容姿に無関心である忍が驚くほど、男の顔は精密に作られた石像みたく整っていた。
女に使う『美しい』とは違う魅力が男にはあり、けれどそれを凌駕する危険な『匂い』が一層強く漂っている。
白馬に乗った王子様というよりも、傲慢に王座をものにする暴君を連想させる強さを感じた。
しかし一般人なら少し躊躇う所でも、忍は動じる事なく、正体不明の『危険物』に手を伸ばす。

「大丈夫ですか」
「…っ…」

頬を痛まないように叩くが、男が覚醒する様子は無い。
さてはてどうしたものかと、忍は立ち上がって、再び溜め息。

家まであと3分。

視界の端―――そこにはお化け屋敷に相応しい、そんなボロ屋敷兼我が家が、雑草の生い茂る拓いた土地にひっそりとたたずんでいた。

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