彼には出来ないことを、わたしは出来る。
それは触れること。
力任せに感情任せに、振り切れる本能のままに振る舞い触れること。
彼がやると壊れてしまうそれを、わたしは壊さずに出来るから。

だけど、悲しいからしない。
彼がどうしようもなく「自分の力は制御出来ないものなのだ」と思い知らされる、感情に素直になれば大切なものを壊してしまう事実を突きつけられたとき。
それを感じたときにする表情がとても悲しいから、しないと決めた。
彼を悲しませないためにわたしは触れない。
触れたくても。


わたしは平和島静雄の背中を叩かない。
呼ぶ時は名前で呼んで済ませるし、じゃれて小突くこともしない。
怒って思い切り握りこぶしをぶつけることも、勿論。

わたしは平和島静雄の涙を拭わない。滅多に見ないけど。
無言でハンカチを差し出せば受け取ってくれるし、少し間をおいて「悪ぃから」と突き返されても、後ろを向いて「いいよ」と知らんふりをすればいい。
(そうしたとき、大抵ハンカチは使われずに静雄の手の中で柔らかく潰れる)

わたしは平和島静雄の額に触れない。
珍しく彼が熱を出して寝込んだ時、汗ばんだ額をタオルで拭ったことはあったけど。
熱が引いた翌朝、慈しむように触れようとするわたしの指は直前で止まった。
(寝ぼけて手繰り寄せるように彼の手が伸びてくるのを心待ちにしていたくせに)

なのに。
ふとどうしようもなく抱きしめたくなるのはいけないことなの?と思ってしまう。
自分勝手な枷をつけて、それを遵守することで彼を守った気になって。
苦しいくせに息が止まりそうになるくせに、そんな自分に酔っているくせに。
「正直になっていいのかなぁ…」
今更、いまさら。
“触れない方が悲しくて寂しいんだ”と気付いたなんてそんな、間抜けな理由で。
「いいんだよ」
うじうじすんな、口端を上げて不器用に笑う静雄はそう言って大きく腕を広げた。
一歩、二歩、と最初は少しぎこちなく。
でも踏み出すごとに増してゆく引力のままにわたしは走り出して飛び込んで、締め付ける音がするくらい腕をぎゅっと彼の腰に回して。

びくともしない熱い壁みたいな彼の胸は、押し付けた顏が痛いくらい硬いのに。
なのに安らぎばかりが胸に押し寄せてくる。
ああ、ずっとこうしたかったんだ。
噛みしめる想いとは裏腹に動悸は少し激しい。
それを宥めるようなタイミングで、少し遅れて背中におりてきた感触は静雄の両手のひらだった。
(壊さないように潰さないように)
おずおずと肩甲骨の形を確かめるように触れるその手はとても愛しくてじれったい。
しばらくそうして。
意を決してふぅ、と吐き出された深呼吸のあとに彼は言う。
「少し痛いかもしれねぇけど」
「でも、我慢が出来ないから、さ」
少しだけ強く抱きしめさせてくれという言葉と同時に骨が軋むような愛情が降ってきたのでわたしはしばらく息をするのを忘れた。



タイトルは
お題配布サイト はこ様より


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