闇鍋 | ナノ  毎年訪れるこの日については、本当に、本当に取り留めることなくただの一日として過ごしていたのだ。幼い頃、師に不器用ながら祝われたことは数回あれど、独り立ちしてからはそんなことは一切無かった。
“己以外は屑だと思え”の教えを頑なに守り続けていた事により、友達と呼べるものなんて皆無に等しい。大人になっていくらかの顔見知りや腐れ縁の人脈は出来たが、そんな彼らにお誕生日おめでとう、とわざわざ当日にそう言って祝ってくれる事を期待しても今更だ。期待するぐらいなら諦めた方が余計な気を揉む必要もない。いい歳してたかが生まれた日を祝って貰い喜ぶなど、子どもでもあるまいし。そんな思考に辿り着けばさすがに何も無い事に慣れもする。今では自分でも誕生日なんてものは忘れる始末だ。

 それは新生ガンマ団を立ち上げてから数年は忘れていたある日の事。

「……いきなりなんですのん」
「忙しいのは重々承知しております。でもこの世に貴方が生まれた大切な日なのだからこれは婚約者として祝わない理由がありません」

 目の前に仁王立ちをする女は師匠たちの気まぐれによるお見合いから始まって、なんやかんやとすったもんだがあって来年に入籍する予定の婚約者だ。大人しい見た目に反して中身は諜報会というガンマ団と懇意にしている組織の幹部の一人であり、やり手の社畜というとんでもない肩書きを持っていた。自分が言うのもなんだが、彼女はとんでもなく一途に己に惚れ抜いている。だからと言って、一方的に気持ちを強制するような事はせず、月日をかけてゆっくりと口説いてくれた結果が今の関係だ。家の事情もあり、彼女との結婚は申し分ないにしても、これから遠征に向かおうとした矢先に有無を言わさず拘束されるのはいかがなものか。
 懇意な関係にあっても私情を優先するなど彼女らしくも無い。もっと彼女は己と同じく、合理的な人間ではなかったか。

「いや、あんさんこの前F国に仕事で8月から3ヶ月滞在するって言うてたやないの」
「そんなもん、1ヶ月で終わらせました!」
胸をそらしてどんなものだと威張るが、それは彼女の仕事の話だろうに。
「あんさんも解ってはると思うんやけど、わてらの所属は違うやろ」
「存じてます」
「わてはこれから遠征なんよ」
「アラシヤマくんのスケジュールは分刻みで把握してますよ」
「なら、こう悠長にしてる時間なんてあらしまへん。今なら走れば間に合うやろうけど邪魔するんやったらいくらあんたはんでも」
チリ、と空気が焦げ付いた。それほどキツく絞められていないロープは炎の特異体質である自分には無意味である。稀にぶっ飛ぶ彼女にこれから灸を添える必要はあるだろうが、今はそれどころではない。結び目がほつれれば後は簡単だ。少し力を込めると呆気なく外れる。
「時間なら後で取るやさかい、ここは大人しゅう引き下がってもらえへんやろか?」
自分が拘束を外しても動じない様を見れば想定内なのだろう。このまま室内を出て行こうとするが、テーブルに投げ出された分厚い資料。
「……なんやのん」
「本日と明日のアラシヤマくんのスケジュールはフリーになりました」
「……は?」
「シンタローさんにも、なんならマジック様にもちゃんと許可を頂いています」
「なんやて?」
「アラシヤマくんが行く筈のH国のアレコレについては、私の総力をあげた結果、暫定保留となっています。まぁ後日アラシヤマくんには赴いて頂く必要はあるんですけど」
先ほどの堂々とした開き直りから言葉はどこか尻すぼみで視線を落としていた。余計な事をしたという自覚があるのだろう。
「……それ、絶対姐はんに叱られたやつやろ」
「……はい」
「まぁ、あんさんが手ぇ出したんなら、ウチもそっちも追々悪い事にはせぇへんのやろうけど、よくもまぁ無茶をしたもんやな」
しょんぼりした彼女の目の下にはメイクで隠しているだろうが、隈がうっすら見えている。社畜もここまで極まるとある意味尊敬はするが、面白くは無い。
「……たかが、わての誕生日や。そうムキになるもんやないやろ」
吐き捨てるように言えば、彼女の顔があがりその瞳は揺れていた。一言余計だったと気付いたが、今更だとかぶり振る。己が捻くれていることはこれまでの付き合いで彼女も理解している筈だ。
「……です」
「……何?」

「アラシヤマくんと、両思いになって、初めての誕生日なんです。これはばっかりは逃したくなかったんです」
射貫くほど、真っ直ぐな視線。
「いくら、今のガンマ団で命を落とす確率が低くなっているからと言っても、まだまだ、遺恨は残っているんです。“次”がどうなるかなんて、誰にもわかりません。私の自己満足だって、押し付けだって理解しています。だけど、せめて、何気ない一日を過ごしていただけたらと……そんな日があってもバチはあたらない、と思うんです」
とても、子供じみた我が儘だと自覚しているのだろう。また、言葉が尻すぼみになっていく。
「えと、あの、誕生日のお祝いパーティにはシンタローさんも私の知人も呼んでいますから、全く知らないひとは居ませんし、そんなに人数多くないですから、その、きっとアラシヤマくんも楽しめるかとおも、」
「二人きり、じゃなくてもええんどすか?」
頬に触れ、言葉を重ねる彼女を止めた。本当は。

「本当はわてと二人きりで過ごしたいんやろ?」

「……当たり前です、でも私はアラシヤマくんが望んでいることを優先したいので」



 彼女の主催する自分の誕生日パーティはシンタローや他の伊達衆を始め、彼女の同僚が数人。小さな誕生日会だった。照れ隠しで渋るかと思っていたシンタローが素直に連れてこられたのには驚いたが、心友に祝って貰うのは心躍る気持ちだったのは言うまでも無い。酒も入り、阿呆を晒す男どもや潰れる面々の世話をしたりとホストを務める彼女も楽しそうに笑っていた。
 諦めていたと思っていた事が叶った瞬間だったと思う。悪い時間では無かったと思う。長年、憧れていたのだから。



「……珍しいナ。コイツが潰れるなんて」
「そうですね」
あちこちの転がった酒瓶。いつの間にやら飲み比べが始まってしまい、残っているのは彼女とシンタローのみ。
「にしてもよくやるよな。猶予期間も大分あったのにあんだけ仕事詰め込んで片しちまうなんて、お前の上司が気の毒だわ」
「お館様にはたくさん絞られましたよ……当分そちらに関するお仕事を回してもらえなくなってしまいましたし。しばらくは諜報会本部で缶詰の刑です」
項垂れるが、伸びているアラシヤマの髪を手櫛で梳いて整える。その横顔は幸せそうだ。
「来年には結婚すんだろ。別に急がなくても良いんじゃねぇのか?」
「……籍を入れてもずっと一緒に居る事はできませんよ。私は、この人の生き様の足枷にはなりたいと思いませんもん」
心は砕いてくれた。寄り添ってくれた。
でも、彼の死に方はずっと前に決まっている事だ。
「きっと、この人は私を置いて逝ってしまうんです。病めるときも健やかなときも共に連れ添う夫婦にはなれない。なっては、くれない」
「……」
良い酒が喉を焼く。胃に収まって熱さに酔えたらどんなに良いか。だけどシンタローはそう言う気分になれなかった。
「後にも先にも、アラシヤマくんはシンタローさんの側にずっと居るんです。貴方のために命を賭して」
「……迷惑な話だ。これでもお前は羨ましいと思うのかよ」
ひらべったい目を向ければ、勿論、といつもの答えが返ってきた。
「えぇ、だって、彼は全てをシンタローさんに捧げたんでしょう?」
どんな女よりずっと、シンタローが羨ましいと宣う彼女は度の強い酒を煽る。顔色の変わらない瞳で、じっとシンタローは見つめた。
「嫉妬でどうにかなってしまうくらい、羨ましいです。籍をいれる程度なんて些末事と思える程」
「……さすがにそれは言ってやるなよ」
なんか可哀想だろ、と言えば瞬きを一つ二つ。
「お家の事もあるけれど、一緒になってくれる程、好いてくださってるのはわかりますよ。でも男の人ってそれとこれとは別じゃ無いですか」
「ま、そーだけど」
「男の美学は私にはさっぱりわかりませんけど、解らないなりに寄り添う事はできます」
それでいい、と彼女は言う。おそらく、潰れているアラシヤマは気付いているだろう。表には出さないが、この男だって彼女を大事に想っている筈だ。面倒くさい奴らだと思う手前、どちらも手放すなんて選択はシンタローには無かった。

「……シンタローさんも素直になってしまえばいいのに」
「嫌に決まってんだろ。他人の恋路の邪魔をして馬に蹴られたくねぇっての」
「あんまり意固地になってしまうと、面倒くさいですよ?マジック様みたいに」
「そこで何で親父が出てくんだよッ?!」


 そんな彼の誕生日のある一日。


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おめでとうシヤマ!!!愛しているよシヤマ!!!!
今年は書けたよシヤマ!!!!!
また本作りたいよシヤマ!!!!!

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