闇鍋 | ナノ まどろみからゆっくりと瞼をあけた。久しぶりによく寝たかもしれない。
 ここしばらくまともな睡眠を取っていなかったから、思いの外惰眠を貪ったのだろう。そのせいか、少し頭が痛かった。ごろりと寝返りをうつとさらさらと流れるシーツは洗い立てで肌触りが心地良い。そう言えば洗濯したのはいつだっただろうか。忙しくてまとめてクリーニングに出していたのだが、受け取りはしたものの、ちゃんとベッドメイクしたかどうかは定かではない。もしや、無意識に行っていたのだろうか。いやまさか。不意に鼻腔を擽る味噌汁の匂い。そこで、はたと気付いた。自分は確かに一人暮らしで、昨日は任務から帰ってきてそのまま寝た筈だ。自宅に誰かが尋ねてくる、ましてや予定など心あたりすらない。え、まさか自分は見知らぬ誰かの家に踏み入れてしまったのだろうか。
 混乱するも、起き上がると見慣れたポーズ人形とサボテン。あ、良かったここは自分の部屋だ。ほっと安堵して、もう少し寝てしまおうかと枕に沈んだ矢先。

「おう、起きたのか。だったらさっさと顔洗ってこい」

 あり得ない声音に一瞬で覚醒して、ベッドから跳ね起きた。

「な、なしてシンタローはんが、ここにおるん」
夢なのか、とトージくんに話かけるも飛んできたクッションが逃避を許さなかった。
「何でって、連れ込んだ本人が言う台詞か?」
覚えてないのか、とお玉で首筋を叩きながらシンタローは首を傾げる。
「は、え? わて、シンタローはん、連れ込むて、え?」
本当に記憶にない。自分は何をしでかしたのだろうか。
「言っとくけど、やらしーこととかしてねーから。さすがに昏睡してる奴に手を出すほど俺はがっつかねーから」
ま、覚えてないなら良いけどぉ? とシンタローはやけに楽しそうに寝室を出て行った。いったい何があったのだろうか。ひとまず、アイロンがかけられたシャツに腕を通す。一体自分は何をやらかしたのか。

「わて、そんなに疲れてたんやろか」
任務後の記憶は切り取られたように思い出せない。
いつも以上に機嫌の良い彼に、おそらくは何かしでかした事は確かである。

 彼の機嫌が良いときは決まってトモダチの一線を越える何かがあった時だ。今のところ、聞くのはやめておいた方がいいだろう。多分。

 今回アラシヤマに下した任務は後味の悪いものだったと思う。命令した自分が言うのも何だが、あの案件はどうしてもアイツにしか頼めない物だった。勿論、他の奴らも信用はしている。だけど着実にこなせると踏んでいるのはあの男だけなんだ。根暗のくせにドがつく器用さんだからな。
 一つ返事で承諾して、現地に赴き途中経過も滞りなく良い結果を出してくれたんだが、最後の最後でイレギュラーが発生した。

 なんと、向こう側が捨て身の戦法でアラシヤマの乗るヘリを奇襲、大破させてきたのだ。これには報告を受けた俺も冷や汗をかいた。そう簡単にくたばるタマではないのは解っているが、油断した所を狙われるのはいくらアイツと言えども痛手を食らうのは必至だ。だけど、そんな俺の心配を余所にアイツは多少煤けてはいたが無傷で戻ってきやがった。疲労困憊、という出で立ちで。

「……よく、戻った。お疲れ」
自分にしては珍しい労いの言葉をかけたつもりだったのに、奴は何も聞こえていないのか、視線だけ寄越してぺこりとおじぎをして通り過ぎる。いつものウザい声と態度を予想していた俺は寒気が走った。何も言わない、慣れた姿ではないあの男が一層、不気味に思ってしまったのはこれまでのアラシヤマの態度に毒されてしまったからだろう。というよりも、あのふらふらと幽霊のような足取りを見てしまっては、このまま立ち去るのも気が引けてしまうのではないか、そう思った俺は踵を返した。

 先を行くアラシヤマに追いついたかと思えば、あろうことか奴は自室の前で蹲っていた。もしかして無傷なのは見た目だけで内蔵とか骨とかを負傷したのではと焦り、慌てて奴の肩を掴む。
「おい! 大丈夫か?!」
軽く揺さぶると前髪の隙間から覗く瞼が上がる。うつろな目で奴は。

「……ねむい」

 そう、宣った。

 今、奴はなんと言った?

 ねむい、眠い、つまりsleepy。と言うことは、眠気が限界で扉の前で寝落ちそうである。そういうことだろう。
「……ンっだよ、驚かせやがって」
ガシガシと頭をかき回し、肺にある空気を吐き出す。アラシヤマが負傷した訳ではないということに安堵した。まったく人騒がせな奴である。ただ、さすがに通路で寝落ちているのは一応、俺の幹部の一人として体裁もよろしくない。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
自然と口角があがる。本当に、仕様が無い男だ。

 どうにかして、アラシヤマを立たせて鍵を開け、室内に入りソファーに座らせる。このままベッドにぶん投げてしまえば良いが、アラシヤマの事だから。
「……やっぱりな」
無造作に置かれたビニールに包まれたシーツ。
「どうせそっちのけで任務優先してたんだろうなぁ」
最大級の労りということでこの俺が特別にベッドメイクしてやろう。そう思ってビニールを破った。

 ホテルスタッフ顔負けの出来であることを自画自賛し、あとはあの男を放り込んでやれば良い、と言いたい所だがあちこち煤けているからせめて汚れだけでも落としてやらないといけない。
「タオル、借りるぜ」
返事はないが一応、断りは入れておく。タオルをお湯に浸して固く絞る。本当なら風呂にぶっ込んでやりたいものだが、溺れてしまっては事だ。力なくソファーで眠るアラシヤマに近づくとか細い寝息しか聞こえない。これだけ近づいても起きないとは本当に疲れている証拠だろう。俯く顔を上げて顔についた煤を拭ってやる。起こさないよう、できるだけ優しく。

 元々、世話を焼くのは好きなのだ。ただ機会がないだけで。あの島に居た頃は割と楽しかったと思う。あいつらは元気だろうか、健やかに元気で居てくれると良いがと、遠い友達を想う。友達、そう、パプワは俺の大切な友達だ。アラシヤマが宣う心友とは訳が違う。何せ今は俺がアラシヤマに向ける感情はそういう類いの物ではないからだ。自覚した今は、特に。
 アラシヤマへ俺の気持ちは伝えてある。当初奴は『オトモダチ』という括りで喜んでいた。でもそうじゃないと気付いた時は色々青くして、何かの間違いや気の迷いではないのかと俺を諭そうとした。勿論俺はそれにぶちキレたし、暴れたこともあってか未だに俺の望む関係は成立していない。当たり前だが、アラシヤマの言う『オトモダチ』も然り。
 これは持久戦である。アラシヤマを根っこから変える事は難しいのはとうの昔に気付いていた。だからこそ、こうして隙を見て接触を図っているのだ。
 まるで女のケツを追いかけるようなものだが、俺の行動で慌てふためくアラシヤマは割と胸がすくというか面白いので別に悪い気はしていない。本来は女の方が好きだし抱くのもそっちがいいが、いかんせん、好きなったものだからどうしようもないし、諦めるしかない。割と、開き直るまで時間がかかったが腹を括れば、案外どうってこと無かった。

「っと、こんなもんかな」
顔や髪に付着したある程度の汚れは落ちたと思う。
「後は」
そのままアラシヤマの隊服に手をかけて、止まった。脱がせても良いものだろうか。男同士であるし、まぁ見て恥じらうものでも無いのだが、意識のない者を暴く事になる。ある意味、無体を働くようなものでは、と頭を過ったがこれは介抱であると頭を振った。決してやましい心からではない。断じて。

 わずかな逡巡、意を決して隊服のボタンに手をかけた。

「……綺麗なもんだな」
アラシヤマの身体は細やかな傷痕はあるものの、目立って大きな痕はなかった。脱がせたシャツは洗濯をするので籠にまとめておく。顔を拭うと同じ要領で拭っていると、ふいにアラシヤマの瞼が上がった。
「お、目が覚めたか」
「……」
ぼんやりしているのか、目の焦点は合っていない。それでも状況を把握しようして辺りを見回している。
「……わて、帰ってきたん」
「あぁ」
「なんや、ひゃっこい」
「そりゃ身体拭いてるからな。悪いな、冷めてしまったか」
タオルを絞り直すべく、腕を離して立ち上がると、掴まれた服の裾。
「……どうした?」
「気持ちええから、続けて」
その声音にぶわり、と背筋が粟立つ。まどろみからだろうが、表情はどこかとろりとしていて、掠れた低い声は腰に響くような錯覚をもたらす。無意識だろうが、なんたる色気なのか。服を脱いでいる事もあり(脱がせたのは自分だが)余計、たちが悪い。思わず生唾を飲み込む。
「……これ、終わったらベッドでちゃんと寝ろよ?」
「……おおきに」
緩く上がる口角。眠いからなのかアラシヤマの体温が高い。その熱が移ったかのように、俺の顔も熱が籠もり始めた。

「終わったぜ」
さすがに全裸にはしなかったので、露出している所だけ拭き終わらせて立ち上がる。あとは洗濯するだけだ。
「いいからとっとと寝ろよ。報告は後でいいから」
「……」
またうつらうつらしているのか、奴の身体がふらふらと揺れる。そのまま倒れ込むのではと危なっかしい様子にこの場を離れて良いものか迷う。
「……も、かえるん?」
考えあぐねていると舌足らずに呼び止められた。
「そりゃ、お前、汚れた服洗わなきゃだろ?」
ある程度終わったら帰るつもりではいる。俺だってそう暇じゃない。
「……」
するりと長い腕が腰に巻かれた。とん、と奴の額が俺の臍の辺りに当たる。ちょっとばかり、きわどい位置。フリーズする俺を余所に、アラシヤマはぐり、と額をこすりつける。普段の俺に侍る時と同じように。

「ここに、おって……いかんといて」

 続いて聞こえた寝息。ようやく寝落ちた、という所だろうか。

 いつもと違うアラシヤマの懇願。ウザいテンションとは違う、弱々しく、縋るような。
 思わず口元を覆う。他に誰も居ないはずなのに顔がにやけるのが押さえられない。正直、こんなアラシヤマは見たことが無かったし、見せられる事も無かっただろう。自分の知らない一面を知ることが出来て、胸がいっぱいの気持ちになる。感無量とはこういうことなのかもしれない。
「……ずりぃよなぁ」
寝ぼけているとは言え、そんなことを言われてしまえば、帰ることもままらない。ここは責任をとって貰って、一泊させてもらおう。そうと決めれば、寝落ちたアラシヤマの腕をゆっくりとはずし、そのまま抱き上げる。意識のない人間を抱えるのは苦ではあるがふと、気付く。
「……お前、ちょっと痩せたんじゃねぇの?」
返事は期待していないが、思わず声をかけた。思った程の重さではない事になんとなく、心配になる。もしや飯を食う暇も無かったのでは。
「なら、朝は栄養のあるもん、食わせてやらねぇとな」
胃に優しく、栄養のあるレシピを思い出す。見た目に反して良く食う男だからきっと作りがいがあるはずだ。

 なんとなく察していたが、やはりアラシヤマは覚えていなかった。俺の作った飯を食いつつ様子をうかがっているようだが、昨夜の事は言わないでおこうと思う。それで気にしてこちら側に落ちてくれるなら儲けモンとすればいい。

「報告は後で良い。今日はゆっくり休め、いいな?」
とつたえれば、力なくアラシヤマは返事をして黙って箸を進めた。相変わらずの食欲で、でも食べ方は丁寧で。昔、食事の仕方は抱き方と変わらないと言われたことを思い出す。その法則からすれば、こいつはじっくり丁寧に、という事だろう。
「……シンタローはん? どないしはったん?」
箸を止めたままでいた俺に恐る恐ると言った具合に尋ねてきた。きっとそのことは先の話になるだろうし、今意識しても仕方の無いことだ。
「いや、何でもねぇ」

 まぁ、まだ時間はある。付け入る隙はこれからもあるだろうし、急ぐことはないだろう。

 今日の味噌汁の出来は相変わらず最高である。


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ひとまず、ここまでにします。
某方の『弱って隙だらけのシヤマをこの上無く楽しそう幸せそうに甘やかしまくるシンちゃん』に爆萌えしたので、疲れた推しを摂取すべく書いてみましたが、これでいいのかコレジャナイのかちょっと微レ存。
私の中でのアラシンアラは

シンちゃん→→→(恋愛感情)→→→→→←←←←(友情)←←←シヤマ

でかつ、シンちゃんをシヤマは性的に見ていないです。
ドがつくノンケなんで。一応、シンちゃんもノンケなんですけど、好きになった人がタイプみたいな感じなので、その辺わりとおおらかです。

楽しかったのは言うまでもありません。お粗末様でした。

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