カミヨミ | ナノ
 良いお酒を頂いたので、珍しくお早いお帰りの八雲様の晩酌に添えた。お好きな銘柄だったらしく、とても上機嫌に杯を空けていたのだけれど。
「あの、八雲様」
「ん〜?」
声をかけるも生返事ばかり。不明瞭な言葉を連ねながらぐいぐいと私にしな垂れかかる。体幹が強くない私は倍以上の体格に押されてしまえば呆気なく倒れてしまうのも当たり前のこと。八雲様の絡み酒は初めてではないにしろ、ここまで無邪気に絡んでくるのは早々なかった。耐えきれずあ、と短く声が出たと思えばそのまま畳に頭をぶつける「なぁにやってんの。危ないでしょ」と思いきや、間髪を入れずに八雲様に支えて貰った。片腕で事足りるなど、逞しいにも程がある。こんなことをされてしまえば世の女性は一瞬で恋に落ちてしまうでしょうに。何度も言うけれど私は八雲様に対して憧れはあれど、恋情は抱かない。彼は私の恩人であり、生きる目的なのだ。崇拝していると言っても過言では無いと思う。
 酔いに任せた八雲様の戯れなのだ。私の反応を見て愉しんでいらっしゃる。主人の機嫌を取るのも女中の役目、だと思う。
「ふふ、なぁに?アンタ飲んで無いくせに顔が真っ赤よ」
節くれだった彼の五指が頬を、首筋を這う。わざとであると解っていながらも反応してしまうのが少し悔しい。それが彼を悦ばせることであると解っていても、私の浅ましい感情は募るばかりだ。
「や、八雲様」
「なあに?」
「……近う、ございます。私が良からぬ事を企てぬ前にお離しくださいますと大変有り難いのですが」
長いようで短い沈黙が落ちた。さすがにこれは無礼だったろうかと発言を撤回しようと思えば、豪快に笑い出すは我が主人。
「ははははッ!!お前が?俺を?良からぬ事とは何だ?それは物欲しそうにしているこの顔で言う台詞なのか?」
目を爛々とさせ如何に愉快だと笑う。話し方が殿方らしいものに変わり、何か彼の琴線に触れたのはわからないけれど、咎められているという訳ではないようだ。
「あぁ、可笑しい。全くお前は面白い」
「……お気に召されたのなら何よりです」
「あら、なぁに拗ねてんのよ」
ふにふにと今度は頬を突かれる始末。もしかしなくても八雲様は十分酔っているんではないでしょうか。
「せっかくだし、美酒の肴に食べちゃおうかしら」
「……筋張ってて美味しくないのでおすすめはしませんよ」
「それもそうね」とあっさり私を解放した八雲様は肘掛けに腕を乗せ、また杯を煽る。気付けのためにお水でもお持ちしようと腰を上げれば腕を引かれた。
「……どこ行くの?」
「お水を、お持ちしようかと」
「……いらないからここに居なさい」
まるで幼子のような呟きに私は返事をして座り直した。

 翌日、二日酔いなのかずっと頭を抱えて蹲る彼にどうお声をかけて良いものかおろおろする女中が居たとか居ないとか。


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140字に収まらなかった話。
酔っぱらっても全部覚えている八雲さん。
酒は飲んでも飲まれるな。

(Twitter:初出 2021/04/28 )

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