カミヨミ | ナノ  キン、と冷えた空気に目が覚めた。
 雨戸を開けたらはらはらと降る白い結晶。儚げに降り積もりうっすらと庭が白く埋め尽くされていた。どうりで冷えるわけだ。
 火鉢の用意をしなければ。この家の主人はほんの少し寒がりだから。

「あぁ、もうやんなっちゃう! 何でこんなに寒いのよ!!」
 派手な柄の半纏を身に纏った八俣家当主は火鉢の前で身を縮めて手をかざす。控えめに言っても身体の大きな八雲様がこぢんまりしているのはとても珍しく、男の人に言う呼称ではないがなんだか可愛らしい。
「今日は冬至ですからね。今年も大分冷え込むようで」
 生姜湯を差し出すと八雲様は礼を言って受け取ってくれた。一瞬だけ重なる手のひら。まだ指先は冷えているようだ。
「はぁ〜美味し。暖まるわぁ」
「それはようございました。念のためカイロのご用意はしておきましょうか?」
「今日は良いわ。大分暖まったし、どうせあちこち動き回るからあんまり必要ないかもね」
 そう言って火鉢の前から立ち上がり半纏を脱いだ。私はそれを受け取って籠に置き、代わりに厚手の外套を手渡す。肩を覆うような袖の無い作りで長さは腰まである。八雲様の身長で腰までなのだから私が着ると膝下まで覆われてしまう長さだ。本当に八雲様は背が高い。
 カチリと外套の留め具をはめて襟巻き、手袋の順番で身につけていく。様になっている八雲様に見とれていると目が合った。
「なぁに? そんなに見つめちゃ穴、空いちゃうわよ」
「あ、いえ。その、素敵だなって思いまして」
 素直に感想を伝えると八雲様は目を丸くした。私も一緒に呆けていると彼は途端に吹き出して笑い声を上げる。そんなにおかしな事を言ったつもりはないのですけれど。
「あっはは。あー可笑しい……あんたって本当可愛いわねぇ」
「すみません、八雲様。おっしゃる意味がわかりません」
「いいのよ。アタシがわかっていれば」
「はぁ」
 はぐらかされてしまった。いつもの事だけど。

 玄関まで見送り、帽子を被った八雲様は振り返る。
「そうそう、今夜は早く帰るわ」
「畏まりました。お部屋の中は暖めておきます」
「食事も家でするから」
「畏まりました。今夜は具沢山の汁物にしますね」

「それと、今日はあんたも一緒に寝るのよ」

「はい。一緒、に……え?」

 今、とんでもないことを言わなかっただろうか。

「あ、あの、八雲様」
「それじゃあ、行ってくるわ」
「は、はい、行ってらっしゃいませ」
「あ、そうそう」
 扉に手をかけて八雲様が振り返る。覗いた右目が射るように細められ、どきりと心臓が波打った。

「俺が帰るまで、逃げるなよ?」
「え、逃げ……?」
 困惑する私に八雲様はぱっといつもの調子に戻り、悪戯っぽく口の端をつり上げ嗤う。
「帰ったら教えてあげる」
 じゃあね、と今度は振り返りもしないで出かけていった。

「……なんだったんだろう。というか、一緒に寝るって、え、八雲様と」

 意味を理解して、火がついたように赤くなった。

 この顔をあの人に見られなくて良かったと思う、冬の朝。


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ちょっと八雲さんと良い感じに関係を重ねてる模様。
相変わらず八雲さんを尊敬しているけど、手を出されると困惑するので辞めてほしい。
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