自由人HERO | ナノ
 初恋なんてものは無縁だと思っていた。何故ならオレは花人界でナンバーワンの実力と美貌を持っている。その辺の女より美しくて可愛い。自分と釣り合う女なんて絶対に居ないと断言してもいい。オレにとっては当たり前の事だ。この美しさを保つ為に細心の注意をはらっているし、プロポーションの維持やお肌のケアだってそれなりに努力している。自他共に美しく可愛いと名高く、世界は男女共にオレに跪く筈、なのに。

「え、サクラ? ないない。だってスミレ様の方がずぅっと素敵」

 妹のように思っていた幼馴染の断言をうっかり聞いてしまってから、己の自信がちょっぴり揺らいだのは割と最近の話。確か、幼馴染が淑女を目指す女学校の友達とティータイムに洒落込んでいた時だったと思う。
 年頃の若い女の子の話題なんて色恋にまつわるのはお約束中のお約束。七世界英雄で恋人にしたいのは誰、という話題にオレが立ち止まったのは本当に気まぐれだったんだ。今思えばかなりプライドを傷つけられたし多分訴えても勝てる、はず。他の娘たちはオレとかオレとか(意外にバードの名前があったのは驚きだけど)オレとかを上げていたのに、幼馴染のあの子はオレの実兄であるスミレをチョイスした。思わずティータイムに乗り込んじゃったよね。アッタマおかしいんじゃないのって、その場で言ってやった。なんであんなババアが良くてオレがダメなのか、って。

「あったり前じゃない。確かに貴方は綺麗だわ……綺麗すぎて逆に毒なのよ。だから貴方との恋はきっと疲れてしまうでしょうね。お友達なら楽しくて良いけれど、恋人は無理」

 オレの出現にきゃあきゃあはしゃぎ出す友達たちを他所に、幼馴染はつんとすましてきっぱりと言い捨てた。
「何それ」
「だってサクラ、恋人に求める事ってなあに?」
ひらべったい目でオレを見る。恋人に求める事なら。
「そりゃ、お金持ってるかでしょ」
「ホラそれ。貴方の価値観を否定するつもりはないけど恋人を奴隷やアクセサリーとかに見てるひととなんて不幸になるだけで幸せになれる訳がないわ」
「え、美しいオレに貢ぐんだから幸せじゃん」
何か問題ある、と言えば幼馴染は両手で顔を覆って深いため息をついた。なんだ失礼な。
「サクラがそんなのだから、私は決して貴方を恋人にしたいだなんて思わないわ。価値観の違いからね」
「だからスミレ様の素晴らしさが輝いて見えるのよ」と宣った。腑に落ちないと言えば、曰く、スミレちゃんの方が言動もスマートで洗練されている、だの、服のセンスや樹王の秘書官としての仕事ぶりは凛として最高だの、気遣いにあふれた優しい声音で癒やされるだの、彼女の語彙の限り、惚気という実兄の褒めちぎりを聞かされる羽目になった。気分は、もう最悪でうんざりである。

「じゃあ何? オマエ、あのババアと結婚したいっての?」
そう問いかけると鳥のように喧しかった口がぴたりと止まる。伏せられた瞼、僅かに震えて上げられた双眸には歳の割に似合わない憂いの色。
「……スミレ様と恋仲になれたら確かに素敵よ。死んでしまうくらいだわ」
きゅっとスカートを掴んで皺を寄せ「でも知ってるの、私は子どもだからあの人の視界には映らないのよ」と泣きそうな表情。
「バッカじゃないの?」
つい、声に出てしまった。驚く娘たちに怯まずもう一度言う。大事なことだから二回言ってやった。本当にそう思う。この娘はとても馬鹿だ。そんなに好きならなんでアタックしないのか不思議でしようがない。
「だって! きっぱりと振られたら私、立ち直れない」
「何、一回で諦めんの?」
「え?」
うっわ、間抜け面。これでいっちょ前にレディだって噛み付いてきた姿かよ。散々惚気のためにオレをダシにされたから、ほんの少し胸がすいた。
「別に振り向いて貰うまで何度でもアタックしたらいーじゃん」
「でも、小さい頃にお嫁さんにしてってお伝えしたらスミレ様は仰ったわ。私が大きくなってから、って」
確かにその話は何度も聞いた。「今でこそ解るの。あれは体のいいお断りだって」大人は汚いからそう言う事もあるだろう。でもスミレは自分の兄だ。小さい頃からずっと一緒に居るしどんな男かって言うのも要らんくらい知ってる。 実のところ、スミレが幼馴染にかなり目をかけている事も気付いていた。徐々に妙齢の淑女になりつつある彼女に兄が戸惑っている事も勿論。腹が立ってるから幼馴染に言わないでやるけど、こうもウジウジされるのは癪に障ってしようがない。

 何だかどうでも良くなってきた。花人界ナンバーワンのオレがどうして幼馴染と実兄の恋愛に首を突っ込まなきゃならないのか。いや好きでやってるわけじゃない。目についたから口にしているわけで。
 結局、あの時は面倒くさくなったオレが幼馴染のお菓子をつまんでさっさと退席した。去り際に、「スミレちゃん、意外と昔の約束覚えてるよ」と伝え他時のぽかんとした幼馴染みのアホ面は面白かったと蛇足。

 それから、彼女の爪に菫色が彩られて、幼馴染と似合う似合わないと喧嘩するのはほんの少し先の話。

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お題はスミレちゃんなのにサクラしか出ないと言う詐欺。

サクラって、なんだかんだ言いながら首つっこんで引っかき回してくっ付いたら「ほらー!オレのおかげじゃん!!崇め奉れよ」とか言いそうなんだよね。我が儘プーな彼も歳を重ねるとわりかし面倒見良くなりそうな気がしないでも無い。(幻覚です)

(初出:2021/02/27 ワンライ お題:スミレ)
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