自由人HERO | ナノ  人の縁なんていつ、どこで、何があるか、なんて解ったものじゃない。 



 ここに一羽、世にもまれな不幸せの青い鳥がいた。

 生まれは貴族、容姿端麗、おまけに鳥人界の英雄。子どもの頃はあまりにも優秀過ぎて末は鳥王か、とまで囁かれていた。幼い頃から持て囃されていたのは事実。事実なのだが。

「何でオレには可愛い彼女ができないんだ?!」

 どういう訳か、そういった縁には全くと言っていいほど恵まれなかった。天は二物を与えずとはよく言ったものである。
「そんなの今に始まった事じゃないだろう?」
昔からの顔なじみで親友でもある人間界の英雄、自由人シンタローは喚き散らすバードを爽やかに笑い窘めた。彼の言うとおり、今に始まった事ではない。子どもの頃からの付き合いを通じて、シンタローが知る限り、面白い具合にバードは女運というものが無かった。
「うるさいなぁ、自分がモテないからってギャーギャー騒がないでよ」
「やかましい!! 諸悪の根源ッツ!!」
サクラの抗議に突っ込みを入れるが、そんなことで彼がどうにもならない事は理解している。思えば、自らの勘違いでサクラに100回貢いだ事が運の尽きなのかもしれない。以降、結婚絡みでは本当にろくな事が無かった。
 諸悪の根源と言われた当のサクラはツンとすまして、気怠そうにタイガーの背に凭れかかる。自らの髪を植物の蔓にしてバードの首を絞めることも忘れずに。これもまた、一連の様式美である。

「ホラ、この間は超人の次男。アイツと結婚したんじゃなかったのか?」
飲んだくれるリュウの一言にバードは固まった。ぎぎぎ、と首だけ動かし、禁句を言った彼を睨み付ける。酔っ払い相手に効果があるかはたかがしれるが。
「……それは、言うな」
思い出したくもないと言うようにバードは明後日の方角を見据えた。
「でもさ、笑えるよね。相手が押しかけて結婚したと思ったら実家に帰らせていただきますってさ」
ケラケラと話題を続けるサクラにバードは臍を噛む。あの時は本当に嵐のような日々だった。スピード結婚したと思ったら数日足らずでスピード離婚。
 まさかのバツイチ、ではないのが救いだろうか。実際に籍を入れた訳ではないからあれもママゴトのようなものだ。これまでの茶番と同じ。

 ただ一つ、気になることがあった。

「これから、あなたに紡がれる縁は、決して悪いものではないから」

 あの超人は帰り際にそう言った。祝福とは言いがたい雰囲気で己の先を予言するように。それから二度と、こちらに顔を出してくることも、文一つ寄越すこともなく、あの男がバードの前に姿を見せることはなかった。
 ヒーローに尋ねたら天上界で安穏と暮らしていると言う。なんだそれは。

 まぁ、実際、ヒーローから聞いた話、あの茶番は自分の命の危機を救うために必要な事であったらしい。詳細は彼の表情から深く聞くことはしなかった。なにせ自分は無事で、結果オーライである。とてつもなく、腑に落ちなくても。

 あの超人からその話をされたのも大分前の事だ。もう半年も経つだろうか。予言のように言っていた手前、なにげに楽しみにしていたが全くと言って良いほど何も無かった。まさか、でたらめではないだろうかと疑心を抱いてしまうのも仕方ない。ヒーロー曰く、あの男はそういうことは絶対にしないと断言している。
 ただ、彼に免じて信じるとしても、だ。そろそろ何かフラグが立っても可笑しくはないとバードは思う。

 ちなみに、ヒーローは現在妻と一緒にお出かけしているためここには居ない。珍しくシンタローは二人のデートに着いて行かなかった。

「で、でも、どうしてバードさんはモテないんッスかね? そんだけのモン持ってるのに」
このなんとも言えない空気に耐えきれず、蟲人キリーが話題を変えた。ちなみに彼にはぷるるという可愛い女王見習いの彼女がいる。火の粉が被らないように慎重に話題を選ぶことを彼は成長につれて学んでいた。
「それはそうだよなぁ」
改めて言われるとシンタローも首をひねる。
「これでも昔はモテたような気がするけど」
「少なくとも、十五歳までは密かに人気があったと思う」
大の男が二人揃って首を傾げた。

「日頃の行いなんじゃないの?」

 サクラのトドメに打ちひしがれていると、バード宅の呼び鈴が鳴った。



「で、またママに結婚しろって催促がきてんの? ミヤコ姉さん」
いい加減このパターンにも慣れたのか、バードはすんなりと突然の来訪してきた姉をリビングに通した。他英雄達も遠巻きに見ている。
「えぇ、世界も平和になった事だし、そろそろアンタも身を固めた方がいいと思って」

 あの地獄のような戦争から大分歳月も経ち、今や小さな小競り合いはあるものの、世界は平和そのもの。彼らは日々の生活を満喫していた。

「……オレもそうしたいのはやまやまなんだけどさ、一向にできないんだよね。彼女」
どうしたものかと肩を竦める弟にミヤコはスッと一通の封筒を差し出した。
「良い知らせよ、愚弟。どこで見かけたか解らないけどアンタを見初めたっていうお嬢さんが一人いるわ。先日この写真が送られてきたの」
訝しげに受け取り、袋を覗き姉を見た。彼女の瞳はいつもと変わらず、強い。
「つまり、オレに見合いをしろ、と?」
「向こうからのご指名よ。どう? 良い話だと思うんだけど」
「本当かよ」
冗談だと思ったバードは写真を見ると息を飲んだ。

 写真に写る女性はとても整った顔をしていた。スッと通った鼻筋、つり目だが眼差しは凜々しく、漆黒の髪は艶やかに背中に流れている。唇はふっくらしていて、とても色っぽく、対なる翼は黒から白へのグラデーションがかかっていて、よく手入れされているのが解る。身に纏うワンピースもシンプルだが清楚で彼女によく似合っているし、何より完璧なスタイル。誰が見ても十中八九、美人、いや、美形と思うだろう。


「……男じゃないよね?」
絞り出した答えに、姉の鉄拳が飛んできた。
「馬鹿ね。彼女のどこが男に見えるのよ? 実際に会ってみれば解るわ。とっても素敵な人なのよ?」
鼻血を押さえつつ、英雄達に視線を向けるが皆首を振るばかり。過去に散々、オカマ達に騙されてきた彼にとっては疑うのは無理もない話だ。姉からの言葉と英雄達の反応に少し安堵する。
 この写真の人については彼らは関わっていないのだろう。ただ、鳥王の悪戯という最悪の可能性は無きにしも非ずのため、油断はできない。
「……しばらく考えてもいいかな?」
「なに? 他に気になる子でもいるの?」
もったいない、と言う姉にバードは首を振った。本物だったとしても、警戒してしまうのは致し方ない。
「いきなりこんなことを言われても、はいそうですか、ってすぐには答えられないよ。ママにはよろしく言っておいてくれる?」


 ミヤコが帰ったあと、改めてバードはため息をついた。テーブルの上には見合い写真の彼女。バードの周りには英雄達が写真をのぞき込んでいる。何というか、とてもむさ苦しい。

「……どっかで見たことあるような気がするんだけどなぁ」
これまでの記憶を辿り、写真の彼女との出会いを探る。覚えている限りはこんな美形と運命的な出会いをした覚えはない。他に考えられるとすれば、鳥人界ナンバーワンのファン、はどうだろうか。否、その線はないだろう。あるならもっとバードはモテていたはずである、と無理矢理結論付けた。
「誰かと思えば、イーグルじゃないか」
シンタローの言葉にバードは疑問符を浮かべる。その名は聞いたことがない。
「へ? 誰、お前知ってんの?」
「まぁ、な」
聞き返すバードに何故かシンタローは言葉を濁す。
 彼の真意がわからず首を傾げるバードにサクラは見ていた雑誌を突きつけた。
「知らないの? この雑誌の専属モデルだよ。高身長、高収入、おまけにナイスバディ。女の子の間じゃお姉さまとお呼びしたいナンバーワン。ハスキーボイスで耳元で囁かれてみたい、口説かれてみたいここ数年トップ。まぁ、オレ程じゃ無いけど、顔は良い方なんだじゃない?」

 突きつけられた雑誌に居た彼女は見合い写真とはまるで別人のようだった。染めた髪は短く、素肌に革ジャンを纏い、なかなか色っぽいポーズで自慢の脚線美を披露している。そうか、だから見たことがあったのか。
「だけど、待てよ? オレは彼女と一度も会った事ないぞ?」

「別に良いじゃないか。ここでチャンスを逃したら一生独身だぞ?」

 シンタローの一言で、バードは気持ちを固めた。
 もしかしたら、これがそのご縁、というやつかもしれないし。

 まぁ、あまり期待はしないでおこう。


■■■


「初めまして、バードさん。私の名前はイーグル。突然お邪魔してしまって申し訳ない」

 実際に会ってみると彼女はとても綺麗だ。艶やかな黒髪は背中まで流れ、簡素なシャツとパンツはシンプルなものの、スタイルの良い彼女にはとても似合っていた。何より、側に居るだけでこんなに心ときめくものがある。

 実際に見る対なる翼も手入れが施されつやつやしている。つり目がちな瞳も慈愛に満ちていて、今までの女性とはひと味違う事が窺い知れる。

「いえ、こちらこそ、たいしたおもてなしが出来なくて、申し訳、ないです」
「こんなに美味しい紅茶を淹れていただいただけでも十分です」
紅茶を飲むだけでも様になる。彼女はにっこりと微笑んでいた。良かった、美味い紅茶の淹れ方を心得ておいて、とバードは胸を撫で下ろす。

 突然の来訪には多少混乱したが、今は他の英雄達の邪魔も入らない。これなら彼女に真意を尋ねられるだろう。
「と、時に、イーグルさん」
「イーグルと」
つ、と整った彼女の指先がバードの唇を遮った。その手慣れた仕草にバードは不覚にも見蕩れた。艶のある柔らかい美声にバードは一時、酔いしれる。
「どうか他人行儀な言い方はやめてほしい。あなたにはイーグルと呼ばれたいのです」
ね、と小首を傾げられてはたまらない。前屈みなったことから、さりげなくチラつく谷間。情欲を誘われるのは致し方なし。
「で、では、オレのこともバード、と呼んでください」
「はい。バード」

 ようやく訪れた春に不幸の青い鳥は内心ガッツポーズ。


「と、ところで、イーグル」
「はい」
いつの間にやら隣に座られ、腕も組まれてしまっている。肘に感じる柔らかい感触に嬉しいのだが、少々居心地悪い。
押し倒しそうな衝動をなんとか抑え、意を決して言葉を続けた。
「オレたち、以前どこかで会ったかな?」
「……覚えていないの?」
彼女の瞳から温度が消えた。どこか罪悪感を感じるが、覚えのない事に対して無責任に関係を進める事はできない。バードとて、筋は通したいと思っている。
「いや、実際、その、悪いんだけど、君と会った記憶は無いんだよね」
「……そう」
目を伏せた彼女はそっぽを向いてソファから立ち上がり、バードの腕から逃れた。イーグルが立ち上がったことで、隣のぬくもりが無くなってしまい、バードは少し寂しく思う。
「……ゴメン、イーグル。オレ」
後ろから彼女の肩をそっと掴み、優しく包み込んだ。彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「いいよ。謝らなくて」
彼女は身体を捻りバードに向き合い、彼の首に腕を回す。自らの胸を押し当て、少し背伸びをしてバードに顔を近づけた。熱っぽい瞳を潤ませて、自分を見つめる彼女にバードは顔に熱が集まるのを感じた。
「これから知っていけばいい。ねぇ、バード?」

 誰が予想しただろう。恋するような瞳を向けられて、これだけ密着すれば絶対アッチの方向に流れるはずなのに、意外にも彼女は。


「ヘガッ!?」
ヘッドバッドをお見舞いしてくれた。

「ったく。これだけ言っても解らないとは相変わらずあなたは鈍いな?」
当たった顎を押さえ、蹲るバードに彼女の態度は一変した。何気にイーグルは石頭だったようだ。先ほどまでの甘い雰囲気はもうどこにもない。
「これを見れば少しは思い出すか?」
自らの髪を引っ張り、引きずり落とすと、そこには漆黒の色はなく、短い銀髪が正体を現した。

「?!」
「この顔を忘れたとは言わせないぞ?」
不適に微笑む彼女の顔はやはり、見たことがあるものだった。

「……男じゃなかったの?」
次は蹴りが飛んできた。
「あの頃はまだ胸が発展途上だったんだ」
「身長高かったし」
「あなたは小さかったからね。さて、バード」
ぐい、と痛む顎を掴まれ上を向けさせられる。かち合う瞳に灯るのは怒りの感情。
「あの時の借り、返させてもらうよ」
あろうことか彼女はシャツを脱ぎ、その豊満な胸が零れんばかりのタンクトップ姿で両手を鳴らす。
「親善試合の時、あなたに負けたこの屈辱。償ってもらおう」

 彼女の威圧的な態度は、かつての彼女の姿と重なった。

「マジ?」


■■■


 所変わってここは鳥人界最高の高さを誇る山の頂上。二人はそこで睨み合っていた、というよりもイーグルが一方的に睨み付けている状態である。
「私は別に肉弾戦でも良かったんだがな」
「阿呆言え。女性の顔に傷を付けるのは男として最低のことだ」
「私は構わん。昔は思いっきり殴ったでは無いか」
「オレが構うの! あの時はお前を男だと思っていたから!!」
腕を組み、踏ん反り返るイーグルにバードは肩を落とした。正体を現す前とは違う口調に多少戸惑ったが、どうやらこちらが彼女の素のようだ。
「大体、アンタの顔や身体は商売道具だろう? アンタの顔に傷一つでも付けようものならオレがイーグルのファンに殺される」
「あなたは鳥人界ナンバーワンなのだろう? 何を恐れる必要がある」
「……アンタは知らないだろうがな、女の子って時として恐ろしい力を発揮するものなの!!」
力説するバードにイーグルはあきれたように肩を竦めた。
「女性がか弱いものではないということは勿論バードだって知っているさ。でも無闇に傷を付けるものではないって事、オレも賛成だよ。イーグル」
「そういうものか。人間界英雄シンタロー」
この試合の見届け人でもある親友にバードは視線を向ける。
「やっぱりシンタローは覚えてたんだな……」
「おう。あんな美少年は早々いるもんじゃないからな。しかし、随分と綺麗になったもんだ」
だから歯切れの悪い態度だったのかとバードは内心納得する。出来るならこのまま帰りたい気持ちが強い。かと言って、イーグルが易々と帰してくれるわけがなかった。
「そんなことはどうでも良い。さて、肉弾戦が駄目なら勝負方法はどちらが早く世界一周して戻ってこられるか、だ」
彼女の提案にバードはそれなら、と承諾した。
「鳥人界での最速は私がいただく!」
彼女は指を突きつけて翼を広げ、そう宣言した。



 ところでこの祭りを彼らが見逃す訳がない。
「どっちに賭ける?」
「そりゃあ、ナンバーワンのバードでしょ?」
「いや、あの姐さんも中々のものっスよ?」
「ヒーローはバードに賭けるぞー!」
「オレぁあの姉ちゃんに2口」
いつもの面子に鳥王も加わり、少しばかり賑やかになっている。サクラが提案したチップにリュウをはじめ、各英雄にプラスしてヒーローまで加わってきた。

「アイツら……」
やいやい騒いでいる彼らにイーグルはふと、考え込む。
「ふむ、ただの勝負ではつまらないな……私たちも何か賭けるか?」
「へぇ、何を?」
面白そうに顔を歪めるバードに彼女は腕を組み、ありきたりだが、と前置きする。
「勝った方が相手を好きにする、でどうだ?」
「後悔しても知らないぜ?」
「するのはあなただ」
彼女はにやりと笑う姿も綺麗だった。


「いいか? オレの合図で飛ぶんだぞ」
シンタローの手が高く上がった。
「位置について、よーい」

 一瞬の緊迫感。誰かの息を飲む声が聞こえそうな程だ。

「ドン!!」


 二人の羽ばたきにより、零れた青と黒のコントラストが宙を舞う。



 結果はあっけなく終わった。


 両者とも全速力で飛び続けたため、玉の汗を流し、肩を上下させていた。イーグルは片膝をついて、バードは仰向けで大の字になり呼吸を整えている。
「……負けたよ」
バードがふいに負けを認めた。
「で? オレは何をすればいい? お嬢さん」
まっすぐな、バードの瞳。不覚にもイーグルは彼の強い瞳に魅せられた。
「私、は……」



■■■


 誰も居ない夜は静かで、イーグルはそんな空がとても好きだ。彼女は一人、この鳥人界の空を見渡せる丘に蹲っている。
 夜風が身体を冷やすのも別に構わなかった。頭に血が上っては思考が鈍るからだ。ただ、何度考えても、答えは一向に出ないでいる。
 あの後、イーグルは自分から賭けを持ち出したものの、バードに何も望まなかった。

「いや、望まなかったんじゃない。私は、望むべきでは無かったんだ」
背後に現れた気配に振り返りもせず、イーグルは口を滑らせる。
「何で、彼はわざと負けたんだ?」
「きっと、アイツなりの気遣いだったと思うよ」
シンタローは蹲るイーグルの隣に腰を下ろした。バードの親友である彼の答えはイーグルの眉間に皺を深く刻む。
「余計な気遣いだ! 私は、気付かないほど馬鹿じゃない」
「そうだね」
「……私が、女だから? それとも」
「本人に聞いたらいいと思うよ? そこに居るから」
と、シンタローが指し示す方向の茂みが大きく揺れた。イーグルはようやく顔を上げて振り返り、一点を凝視する。しばらくの沈黙の後、観念したバードが姿を現した。なんとも言えない親友の姿ににシンタローは浅くため息をついて立ち上がり際に彼女の肩を軽く叩く。向けられた顔は彼の人の好さが見える、そんな微笑みだった。
「後は二人で話せばいい。お邪魔虫は退散するさ」


「……ごめん」
シンタローが帰ったあと、二人は座り、遠くを見つめていた。が、重い沈黙に耐えかねて、バードが口火を切る。
「何であなたが謝る? 私に手加減した事にそんなに後悔しているならはじめから本気を出して私を打ち負かせばいいじゃないか。その方が後腐れが無いはずだ」
「うん。だから、ゴメン……オレのせいで、君に嫌な思いをさせた」
困ったように眉をハの字にして頬をかくバードにイーグルは気にもとめず呟く。
「……始めから解っていたさ。私がいかに訓練しようとも、あの地獄のような戦争を終結させた英雄の力に敵うわけがない」
一呼吸置いて、彼女は彼の瞳を見つめた。初めて会った時と同じように。
「だから手加減した……違う?」
縋るような瞳。今は演技ではない、真摯な彼女の瞳。

 やはり、とバードは思う。

(イーグルは、綺麗だ)

「……あの時は、別にそのまま突っ切っても良いなって思ったよ。でもね、途中でさ、君の真っ直ぐな目を見たら、綺麗だなって思ってさ、その、なんだ……勝たせてあげたいって思って」
す、と手を伸ばし、今にも泣きそうな彼女の頬に当てる。冷え切っていた彼女を温めるように。
「好きに、なったみたいだから」
彼はへらりと、力なく微笑んだ。思わぬ告白にイーグルはぎゅ、と胸が締め付けられる。
「あなたは、馬鹿だ。普通、好きになったら格好付けたいと思うのが一般的だ!」
「うん。オレ、馬鹿だな。かえって君を傷つけた」
「バードが全力を出せば賭けはあなたの勝ちになるはずだった。その時に自分のものになれと私に言えば良かったじゃないか」
「嫌だよ。だってイーグルはものじゃない。そっちの方が格好悪いだろ? 賭けで君を恋人にするのは、ちょっとオレ的によろしくない」
「そう、なのか?」
バードの持論にイーグルはただ呆けるばかりだ。しかし、彼女なりにもけじめは付けたい。
「……でも、あの賭けは私の負けだ。それは始めから解っていたことだ」
だから、と自分の頬に触れていたバードの手を取り、手のひらを自らの唇へ持っていく。その動作は酷くゆっくりで、バードは振り払う事無く、されるがまま見つめた。
 ちゅ、と音を立てて、上目遣いで彼を射る。
「このままでは私の気が済まない。あなたが好きにするといい」
「後悔するよ?」
「……私はしない生き方をしている」
「なるほど、雑誌で口説かれてみたいナンバーワンに輝くわけだ」
茶化すバードにイーグルは目を伏せる。
「……好きなひとに振り向いてもらえなければ、意味は無い称号だ」
「……そうだね」

 吸い寄せられるように互いの呼吸が近づき、影が重なり合った。 




「今夜はここまで、これ以上は覗かれたくないだろう?」
これ以上の事に進もうとするバードを制し、茂みに視線を向ける。見知った気配が複数。さすがのバードも白けてしまった。
「そうだな……」

 お互いに離れ、埃を払い空を見上げた。

「……そういや、オレの告白の返事、聞いてないけど?」
「……まずは、お友達から?」
彼女の答えに訝しげな視線を向ける。
「キスまでしといて?」

 悪態をつくバードに彼女は意地が悪いように微笑む。

「キスは挨拶」
と、啄むように唇を重ねた。

「じゃあね」
彼女は優雅に飛び立ち、後に残されたのは数枚の彼女の羽。地に落ちる前にかすめ取り、バードはそれに口付ける。
「お友達、ねぇ」
じっくり口説いていくのも悪くはない、とバードは思う。今回ばかりはさすがに脈はあるだろう。

 世にもまれな不幸せな青い鳥。脈はあるが、恋の行方は前途多難。射止めた彼女は少々、手強い相手だったようだ。


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バード、春が来たの巻
昔ローカルで書いたものを手直ししました。
いい加減、彼は報われるべきだと思っています。
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