アーミン | ナノ
 生きてきた中でナンパというのは数えるくらいは受けた事がある。当たり前だが浮かれて着いて行くような馬鹿な真似はしたことがない。一応、あしらい方も心得ている。相手の神経を逆なでする事無く、丁重にお断りをして穏便に引いてもらうようにはしていた。大体は引き際を心得ているような男達ばかりだったので、そういうものだと思っていたのだが、今回引っかかった相手はどうやらその類いではないようだ。
「ねぇ、いいだろ? 良い店知っているんだ。お姉さんお酒強そうだし、奢るよ〜」
「ごめんなさい、友達と待ち合わせをしているから」
「勿論友達も一緒で大丈夫だしさぁ」
小一時間ほど、歩きながらこの応酬は続いている。なかなかめげない男だ。待ち合わせは勿論嘘ではないが、相手をしている程暇ではない。
 さてどうしたものか。言葉で言ってもご理解いただけないのであれば、物理的にお引き取りを願った方が良いのかもしれない。これでも腕っ節には自信がある。人通りが少ない死角辺りに誘い込んで気絶でもさせるか。その方が時間のロスも少なく、知人を待たせる事もない筈だ。路地裏に向きを変え、ナンパ男に振り返り、手刀を叩き込む。筈だった。

「ゴメンゴメン。探したっちゃ、こんな所にいたんだらあね」

 私の手刀は繰り出す寸前に童顔の男に止められた。年の頃なら自分より年下だろうか。もしかしたら学生かもしれない。背は平均よりは高い部類で、癖のある跳ねた髪は柔らかそうだし、顔立ちも幼さは残るが整っている。ただ、生憎と私にはこのような知り合いはいない。
「待ち合わせ場所に行っても居ないから心配したっちゃよ」
ニコニコと男は人懐っこい笑みを浮かべていた。完璧な程、『無害』そうな雰囲気を纏う男に違和感を感じる。おそらく、同業者で間違いない。
現れた第三者に私はすぐさま仮面を被った。
「探してくれたの? ごめんね。ほんとはもうちょっと早めに着く予定だったんだけど」
「気にしてないっちゃ。君が無事で良かったわいや」
ところで、と表情を変えないまま彼は視線をナンパ男に向ける。
「コイツは誰?」

 笑顔の圧というものは、何かと迫力がある事を知った。ナンパ男は相手が居るなら最初から言えと負け犬の遠吠えで去って行き、ようやく張り詰めていた空気を抜く。そして一応恩人である彼に向き直り、頭を下げた。
「助かりました。何度断ってもしつこかったから」
「気にしなくていいっちゃよ。僕もつい殺気に引きずられてうっかり止めてしまったわいや」
そんなつもりは全くなかったのだが、彼にとって私の気配はそれほどのものだったのだろう。他人に気取られてしまうようであれば、私もまだまだ修行が足りない。精進しよう。ただ、物騒な物言いには訂正しなければ。
「……殺すつもりはなかったのだけど」
「あれだけ鋭い殺気を放つのはそう言う事かと」
「ちょっと当て身食らわせて転がしとこうと思っただけ」
本当にそれだけだ。
「中々過激っちゃねぇ」
「しつこい男は嫌いなの」
「わぁ辛辣」
「事実よ。他人の時間を貰うならそれなりの誠意ってものを見せてくれなきゃ」

 それなら、と彼は微笑む。仮面のような先ほどの作り笑いではなく、年相応の笑みと呼べる表情だ。なんだ、そんな顔も出来るのねと呆けていると手を握られて一歩、距離を詰められる。

「虫除けもかねて、僕に時間もらえないだらぁか?」

 一度断りはしたものの、また先ほどのような男に絡まれないとも限らないと言いくるめられ、知人と待ち合わせるまでは何故かこの童顔の男――トットリくんと過ごす羽目になった。

 タダ者ではないのは確かなのだけど、どこか抜けている雰囲気があるから油断してしまったのだと思う。これが彼との腐れ縁の始まりである。


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彼の口調は難しいけど、考察しがいのあるタダものじゃないキャラだと思っています。

(初出:2020/08/02 ワンライ お題:トットリ)
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