アーミン | ナノ 「あ、まだ生きてた」

目を開けると、昔馴染みの彼女が自分の顔を覗いていた。
「死んでたら食べようと思ったのに」
残念、とあからさまにがっかりした顔をしてとんでもなく物騒な事を宣う彼女はこの島にずっと永く居続けているハッピーチャイルドだ。種族はシャチ。オットセイである自分にとっては天敵に等しい相手なのだが、産まれてからこのかた、全て未遂で終わっている。
「面目ない、人間に負けてしまった」
勝てると思っていた。必殺技のスプラッシュハリケーンも炎で蒸発させられては手も足(この場合尾ひれだが)も出なかった。島を見守る彼女に頭を下げると即座に鼻で笑われた。負けて身も心もズタズタの僕になんたる追い打ち。
「ソネもそうだけどあんたも大概よね。男ってどうしてこうも正々堂々とやりあうのかしら。いっそのこと水の中に引きずり込んで溺れさせてやれば良かったのよ」
海の中でなら私たちの領域でしょう? と口角を上げて暗い瞳で見つめられると心なしか背筋が凍える。シャチならではの狩猟本能と言うやつだろうか。だけどそれは一瞬でかき消える。
「……もうすぐこの島は荒らされるでしょうね。今のうちに荷物、まとめときなさい」
「荒らされる、とは」
「青の一族が来たわ。それもとても強い力を持ったのが」
「ッ?! だったら、僕も……ッ!!」
加勢する、と告げようとした所、火傷に思いっきり塗り薬をすり込まれた。まってこれめちゃくちゃ痛い。
「おバカ。満身創痍の癖して何イキってんのよ。アンタはこれから海に居るみんなにこれからの事を話しておきなさい。遠からず、箱船に乗る日がくると」

 とても重要な事を言っているのに、彼女の腕力は思いの外強く、傷口を抉るように塗ってくれている。これが海の捕食者の力なのか。そう言えば彼女は割と雑で不器用さんだった気がする。手当してくれるのは大変有り難いが、今、この状態では是非とも遠慮して欲しい。彼女の優しさは知っているが、こればかりは余計なお世話だ。降参だと尾ひれをジタバタさせるが彼女の強制的な治療は止まらない。終いにはオトコノコでしょ、我慢しなさいときた。
「まぁ、こんなもんでしょ。二、三日で癒えると思うから伝言をしてくれたらゆっくり休みなさいよね」
じゃあね、と先に進もうとする彼女の名を呼ぶ。立ち止まってくれたが、振り向いたかんばせは機嫌が悪いのか眉間の皺はいつもより三割増しだ。年長者の圧に若干顔が引きつるが、この先へ向かうのなら、戦闘は避けられない筈。いくら何でも彼女が戦う必要は無い。
「ま、待ってください。貴女はどうされるのですか? この先へはきっと貴女の言う青の一族達が待ち受けている。ジャンもいる筈ですが、それでもむざむざ死にに行く必要は無いでしょう?!」
子どもの頃から知っている彼女を、そんな危険な場所へは行かせたくない。そういう思いから、僕は彼女に進言する。
「きっと、ジャンや赤の秘石が上手く事を運んでくれると思います。だから」
「……何を勘違いしているか知らないけど、私戦いに行くんじゃなくて“見届け”に行くだけよ」
「へ?」
「前にも言ったと思うけど、私、この位の歳になってからずっと長生きしているの知ってるわよね?」
ジャンやヨッパライダー様とこの島に来たときから彼女はずっと存在している。この島の、否、パプワくんの行く末を見守るためだと以前僕に話してくれた。
「知っているとも。だけど奴らに見つかりでもしたら、貴女は」
「そんときはそんとき。私の尾ひれでズバーンと二、三十メートルぐらい打ち上げてやるわ」
任せなさい、と細い腕で力こぶを作ってみせる姿が勇ましい。彼女はやると言ったらやるシャチである事を思い出す。これ以上はきっと止めても聞かないだろう。
「……くれぐれも無茶はしないでくださいね」
「ありがとね、イリエ」
頭を撫でられるのは、どうも据わりが悪い。
「……子ども扱い、しないでください」
「私からすれば皆子どもよ。ジャンとヨッパライダー様以外は」

 ノアの箱船で再会出来た時は傷一つ無い様子にほっと胸を撫で下ろした。僕の胸に燻る想いはきっと、皆と同じように姉や母に対するような感情なのだろう。僕はずっと、そう思うようにしていた。赤の一族を見守り続ける彼女とは、きっと寄り添うことは不可能なのだと知っているから。

 この先、彼女は何を見て何を思うのだろう。
 願わくば、貴女の心が平穏でありますように。


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この頃は海の王者のシャチくらいなイメージしかなったんですけど、今年になってガワは決めたりしてます。Twitterに投げてます。興味があれば。


(初出:2020/08/31 ワンライ お題:イリエくん )
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