アーミン | ナノ
「この島を出るって聞いたけど」
何を考えているの、と荷造りをする背中に投げかける。元々物持ちが少ないため、まとめているものをポケットに入れてしまえば着の身着のまま、すぐさま旅立つことも可能だ。
「んー、新しい番人はリキッドが担ってくれるさ。まぁ、なんとかなる」
「番人が嫌になったの?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なんで」
振り返るジャンの表情は困ったような顔をしていた。まるで手のかかる妹をどう宥めようかとするような兄の顔。ある一定の時期を境に全く歳を取らなくなった私はこの島の中で秘石やヨッパライダー様に続いてジャンとの付き合いが長い。確かに彼からすれば私は妹のようなものだ。
「お前、好きな奴はいるか?」
「好きなひと? 居るけど、勿論」
好きなひとたちなら、この島のみんなだ。無論、口にはしないけどジャンも含めて。それがどうしたと睨み付ければ、彼は言葉を探しているのか、視線を彷徨わせた。何か言いにくいことがあるのだろうか。しかし、理由を聞かずに出て行かせるのはきっと後悔するので、気の短い私は急かす事無く待つことにした。

「大事な、友達が居るんだ」

彼の口から出た言葉に頭を過ったのは青の一族の男。美しいひとだったと思う。朧気だが、かつての島に居た男と酷似しているほど。

「あいつはな、オレのせいで片目を抉ったんだ」
「なにそれ」
「だから、今度こそ側に居てやらなくちゃ」
「……青の一族ってそんなに脆いものなの?」
これは心の底から思う。青の一族と言えば、傲慢で図太く、尊大な態度を振り回す種族だと認識している。確かに一族の中には変わり者と呼ばれるものもいるだろう。赤の一族だっていたのだ。
「……そうだなぁ、確かに彼らは脆いのかもしれない。でもオレの知るあいつらはそれほど弱くはない」
「だったら、ジャンが行く必要なんて」
「オレが、行きたいんだ。だから、リキッドに全てを託した」
ジャンの意思は固い、その瞳は雄弁に物語る。止めるつもりはなかったけど、頭のどこかでは、ジャンがここにとどまって欲しいと願っていた。だが彼も彼でなかなかの頑固者だ。
「……まるで、キズモノにしたから責任を取りに行くみたいね」
「どういうことだ?」
自分から言い出しておいて首を傾げるのは何だか解せなかった。
「側に居たいって理由はそいつが片目を抉ったのが自分のせいだから?」
「……多分」
「曖昧なのね。別にいいンじゃないの。アンタが罪悪感からそいつの側に居ようが危なっかしいから側に居ようが好きにすれば良い」
なんだか興が冷めてしまった。彼が島を出る理由がわかればあとは好きにすれば良い。
「なぁ」
名を呼ばれ、腕を掴まれた。赤の秘石から作って貰った新しい肉体は、瑞々しくて少し腹が立つ。
「何よ」
「オレが出て行くって知って寂しいのか?」
「ば、ばっかじゃないの!!」
腕を振り払い、足先を尾ひれに変えて思いっきりジャンをぶん殴った。避けることも出来ただろうに、彼は甘んじて私の渾身のビンタを受け入れる。だが、勢い余って壁に激突してめりこんだ。
「寂しいとかそういうもんじゃないわよ! アスも勝手に居なくなってるし、このうえアンタまで勝手に出て行こうとするんだから腹が立ってるのよ!!」
肩で息をするように声を荒げて叫んでも、ジャンからの返事はない。
あらやだ。ちょっと強すぎたかしら。

「と、とにかく、もう良いわ。アンタもそのトモダチのところにとっとと行きなさいよ!」
戸口の前で立ち止まり、壁から降りて鼻を押さえるジャンに振り返る。
「それから、アンタも幸せになんなかったらしょーちしないから!」
じゃあね、と逃げるように駆けだした。

「オレの幸せ、ねぇ」
よく解らん、というジャンの呟きはずっと知ることはなかった。



 あの時は今生の別れだと思っていたのに、四年後、始まりの島の騒動で再会するとは誰が予測していた事だろう。


+++++++++
赤青の番人は兄みたいだと思っている夢主。

正直、ジャンがサービスの側に居たい理由は初めての友達だからなのか、情が移ったからなのか、目を失わせてしまった事への罪悪感からなのかとか諸々考えていくとどうなんだろうなぁって。罪悪感からだけになるとお前、となるのでそれはそれで地獄だろうなと思いました。
間接的にキズモノにしたならなんか嫁ぎに行くみたいな、そんな気がしないでもない。

初出:2020/07/17
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