アーミン | ナノ ※下品です。




 お酒の失敗談なんて大人になってから何度も経験している。
ちゃんぽんして盛大に吐しゃ物を撒き散らしたり、友人宅で半裸になって寝落ちして風邪引いたり、服を着たまま風呂に入ってお気に入りのシャツをお釈迦にしたり、半日トイレの住人になったりしたこともあった。
 それでも一線を超えるような不誠実なことはこれまで一度たりともない、筈だったのに。

「えっと」
目の前でパンイチで土下座キめてる旧知に、私はただひたすら困惑するしかなかった。

 まどろみから目が覚めて、まず感じたのは身体の違和感。ぼんやりした頭でなんだか腰に鈍い痛みを感じるし、股関節が微妙にぎしぎし言う。喉も声を出しすぎたのかカラカラで暫く引きずりそうだし、自分の肌がべたべたして気持ち悪い。おそらく風呂には入れなかったんだろう。多分化粧も落としきれて居ない。やばい、肌年齢の老化が進む。ベッドから出たらまずはシャワーを浴びたい。帰ったらスキンケア頑張らないと、と思いながら現状を把握した。抱き込むように自身を拘束する腕。そして、丁度良い位置にある腕が私の頭を支えていた。筋肉があっても意外と柔らかいもんだと関心しながら肌寒さにくしゃみを一発。待って、もしかして何も着てないの。

「……なんや、寒いんか」
ぐ、と私を抱く腕に力が篭った。背中にぴったりと引っ付く熱。
「ぎょうさん、汗かいたから、風邪引かんようにせんとあかんえ」
労わるかすれた声が艶かしい。その声は自分の知っている男のもの。京訛りの、特異体質持ちの。
「え、アラシヤマ?」
「……何言うてはりますのん。わて以外誰がおるん?」
呆けてんのとちゃいますか、と憎たらしい言い回し。つまりは、私は。

「アラシヤマと一線越えちゃった訳か」
私が言葉に出したことでお互い、状況を把握した。



 そして冒頭に至る。

「あ、アラシヤマ。いいから顔上げて。あと裸じゃ寒いし、ほら、何か着てよ」
寒さのせいではないと思うが、ぶるぶる震わせている。コレがセルフバイブレーションか。
「あ、ぁあ、わ、わて、そ、そのぉ」
だらだらと汗まで流し始めた。言葉は震えているし、どもっている。完全に人見知りモードになってうまく言葉が出てこないのだろう。普段あんなに煽りでぽんぽん口が回る男と同一人物だとは思えなかった。とても新鮮な気持ちで彼を見下ろす。
「アラシヤマ」
「へ、へぇッ!」
「ひとまず、状況を確認する前にお風呂入ろう」

付き合いは割と長いと思っていたけど、あんな顔中色んなもの垂れ流したアラシヤマを見たのは正直初めてかもしれない。

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 ようやく体に纏わりついた情事の跡を流しきり(身体のあちこちにキスマークの痕が凄くて若干引いた)、サッパリした気持ちでもう一度アラシヤマと向き合った。場所は恐らくどこかのホテルなのだろう。簡素なテーブルの上には酒瓶が何本か転がっている。中々良い酒も混じっているが、それでも酷いもので洋酒日本酒缶ビールと混じりに混じっていた。成程コレが原因か。

どちらともなく淹れた備え付けの茶を啜り、どう、切り出したものかと思案しつつも今の私の心情を伝えることにした。
「アラシヤマ、先に言っておくけど、私怒ってないからね?」
「へ、へぇ、で、でもわて、あんさんに」
カッと顔に朱が走るアラシヤマ。困りきっているせいかとても涙目だ。
「いや、もう、それはいいの。酔った勢いってヤツだと思うから」
正直自分に驚いている。まさか、彼と一線越えてしまうとは思わなかった。いや、性格や普段の奇行を覗けば本当に顔はいいし、ガタイも良く、気遣いは出来る男なのだ。ただ、所属する場所が場所だけに拗れてしまったようだけれど。

 私とアラシヤマの縁は所謂腐れ縁というものだ。彼の欲する友達とはまた違った関係。
結構口喧嘩もするし、彼の仕事のサポートをすることもあれば、敵対することもある。出会ったのは大分昔で、お互いもういい歳だ。

「別に私初めてじゃないし、お互い犬に食われたと思って忘れましょ」

 別に、彼の事は嫌いじゃない。『友達』という事が絡まなければ、普通に話せるし嫌味の応酬でもなんでも心地よかった。出来るならこのままの関係で居たいし、壊したくない。絶対に言わないけど彼は私にとって特別なのだ。
 そんな彼も流石に童貞という事もないだろう。多分。たった一夜の過ちを水に流してなんともないように振舞うのもきっと出来るはずだ。

「事故事故。まだ早いけど一夏のアバンチュールみたいなものだって」

軽く言い放った私の言葉に彼は俯いた。ぐ、と唇を噛み締めて、何かに耐えるように私を射る。真剣な眼差し、覚悟を決めたような。

「……あんさんは、酒が入ると誰とでも寝る女なんやな」
知らんかったわ、と嘲るように口の端を上げる。それにはさすがに私もカチンときた。
「失礼ね。私だって相手ぐらい選ぶわよ。大体、お酒での失敗はまぁ、確かに何回かあるけど、こういう一線越えたようなのは、なんていうかその、は、初めてだし」
ふい、と視線をそらした。正直、アラシヤマの真剣な顔は見慣れないし、普段視線合わせないくせに、こういう時だけ凝視するのだ。とても居心地が悪い。
「ほんまに? あんさんはよう口が回るさかい、信じられまへんなぁ」
「うるさいわね。疑り深い男は嫌われるわよ。私はそんなに尻軽じゃないし、身持ちも固いの」
「よう言いますわ。わての初めて奪っといて」
「は?」
「え?」

 この男、今、なんと言った?

「待って、アラシヤマちょっと待って。初めて? 貴方初めてであんな、え?」
昨夜の彼の姿がフラッシュバックする。普通童貞とは、もっとこう、余裕がなくてがっつくもので、あんなに何度も意識飛ばされるようなことにはならないはずだ。
想定外の爆弾発言に困惑してしまった私にアラシヤマはにたりと口の端を上げた。何この憎たらしい顔。
「そういや、あんさん、昨夜はよう啼いてはりましたなァ」
そんなに具合、悦かったんどすかとニヤニヤしだしたこの男の記憶を飛ばしてやりたくなった。もし私にガンマ団総帥十八番の眼魔砲が使えたらきっと吹っ飛ばしていたに違いない。

「さぁ、どうだったかしらね」
冷や汗一つ。状況は劣勢。今更ながら何でさっさと帰らなかったんだろうかと後悔しても時すでに遅し。
「随分いけずなお人でんなぁ……大事に大事にしとったわての初めて奪ったんやからそれ相応の見返りは必要やと思うんやけど」
「ふ、普通はそんな必要はないと思うけど?」
「これだからあんさんは行き遅れるんやで。わてかて、初めては好いたひとに捧げたかったのや」
夢を見すぎではないのかこの男は。一瞬サブイボが立ち、思わず自分の両腕を抱き締める。なんだかまた身の危険を感じてしまった。
「……見返りは何よ?」
聞かなければいいのに、うっかり口を滑らせてしまい、言った側からアラシヤマは顔を輝かせる。粘っこい笑顔じゃなく、にこにこと良い事思いついたというような、そんな顔だ。なんだか毒気が抜けてしまう。

「そんなの、わての恋人に決まってるやないの」


 友達じゃ駄目なのと訊ねたら、友達とはセックスせんやんと逆に真顔で突っ込まれた。


 ひとまず、すぐに答えは出ないから関係は保留という事で話はまとまったのだけれど、アラシヤマの覚悟しておくれやすという底冷えするような笑顔に暫く背筋が凍る日々を送ることになる。



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Twitterのお題の1つです。

ノリでかいたらとても下品!
ちょっとコレシリーズ化したいところ。
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