FF6 | ナノ  動機なんざハナから好奇心の一点だけだ。

 機関室にわざわざ足を運んでも目当ての人物は居なかった。残っていたクルーに話を聞けばヤツは甲板に向かったと言う。この時間帯は寒いのに物好きなこった。
 飛空挺内はとても静かでほとんどは寝ているか一人の時間を満喫しているかどちらかだ。夜のフライトは落ち着いていて良いものだが、今は羽を休ませるために比較的穏やかな地域に不時着している。友の翼は良い船だが無理はさせられない。

「こんな所で何してんだ」
寒いだろ、と声をかけるとそいつはジト目で俺を睨んできた。明らかに不機嫌丸出しで相変わらずわかりやすいヤツだと思う。
「……残飯処理」
「残飯、って言う割には綺麗なもんだな」
そいつの手にあるのはあまり好んでは食べない類の菓子だ。偶にブランデーのつまみとして食うときもあるが比較的口にすることの少ないチョコレート。ラム酒でも入れているのかほんのりアルコールの匂いも風に漂ってきた。おそらく手作りなのだろう。
「そりゃあ、渡せないものだからねぇ」
カリ、と鳴る音がした。視線を俺から外し、そのまま遠くを見つめながら租借する。静かな夜にただ鳴る音。手持ち無沙汰になった俺は風下に立ち煙草に火をつけた。傷心に浸っている腐れ縁の女の風上に立たない分それは十分な優しさだと俺は思う。この女が言う渡せない相手というのは解っていた。解っていたからこそ俺は口にする。
「渡せば良いじゃないか。あの王様なら喜んで食ってくれるだろうぜ?」
お前ごとな、という冗談は流石に憚られた。余計な事を口にするとスパナ辺りがきっと飛んでくるはずだ。うっかり下世話な話をするとアレイズの魔法の世話になる可能性が出てくるので俺はうっかり滑らせないよう口を噤む。
「……渡せるわけ無いじゃない。だって、あの人の隣には」
そう言い掛けて、ため息をつく。この女の言いたい事は大体わかった。そう、あの気障な王様の隣にはいつも番犬の家臣が付き従っている。二人の関係が恋人ではないかどうかなんざハナから解ってたものだが、最近の二人のやり取りはどうも甘ったるく感じて落ち着かない。世界が崩壊してから二人の関係も崩壊したのかどうか知らないが見ていての違和感は拭えないものだった。口にしたところで回転のこぎりを構えた野郎に追いかけられたくないし、銃弾で体重を増やす事は目に見えてるのでどうもしないのは正直な所だ。
 命は惜しい。コレに尽きる。

「まぁ、あの番犬がいるなら迂闊には手は出せないよなぁ」
他人事だからこそ出る軽口。しかし、そいつにとってはどうやらそれは気にする所ではないらしい。
「……王様って毒を盛られる事もあるから手作りのものって受け取る事できないんだってさ」
「らしいな。番犬から聞いたのか?」
俺の問いに首を振る。
「ううん。エドガーさん」
大体の察しはついた。おそらくヤツはエドガーに遠まわしに聞いたのだろう。あの王様の事だから「レディからの贈り物は受け取る事はできたとしても食べることは出来ない。自分が王でなかったら喜んで食べる」までがきっとテンプレートなんだろうなと俺は頭の隅で思った。それと余談だが、別にエドガーの番犬の家臣と隣の女は仲が悪いとかつんけんしてるわけじゃない。どちらも機械関係には精通しているようで偶に設計について話をしている。特に番犬の得手である銃のについては王様より話しているんじゃないかと思う。

「……だから、これはわたしが処理するの。勿体無いし」
そしてまた一口、区切りをつけるために租借する。口に入れればほろ苦い味が広がるのだろう。
 この女は割りと惚れっぽいところがあり、その分立ち直りも早い。まだ自棄酒しないだけマシなのかもしれないと思った。
「一つくれよ」
カリカリと鳴る音が止まる。
「何で?」
何でだろうな。俺が聞きてぇよ。だが、それは告げずもっともらしいいい訳を口にした。
「煙草切れた。無性に甘いもん欲しくなったから、くれ」
唐突だと俺もわかっているが、ヤツもまた唐突な俺に戸惑っているようだ。なんだか珍しい。
「……セッツァーにはちゃんと別のを用意してるよ?」
「うるせぇ。今食いたいんだよ。いいから寄越せ」
箱の中にあるチョコレートを一粒摘んで口に放った。口に入れた瞬間、解けるように溶けてカカオの味が広がる。予想通りラム酒の味もしっかりとした悪くない味だ。残念だったな王様。割と美味いぜ? こいつのチョコレート。
「もう、なんなのさ……ほんと。慰めなら要らないからね?」
「知ってる。スパナで頭蓋骨陥没は遠慮したいからな」

俺の軽口にそいつはようやく笑った。

 多分、今後もずっと、こいつが失恋する度、慰めの言葉はしてやらないんだろうなと星が見える夜を俺は見上げた。

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セッツァーと飛空挺整備士の女のお話。
ダリルとはまた違った腐れ縁。
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