FF6 | ナノ  愛銃のオーバーホールをしている最中、ふと手が止まってしまった。

 目線の先は若くして王に即位し、生涯の忠誠を誓った唯一無二の国王陛下。フィガロの諜報員―正しくはエドガーの私兵―として仕え始めてから10年以上、見慣れた顔であるはずなのにどこか違和感を覚えた。
 さして気にするほどでもない違和感だったが、敬愛してやまない陛下であるからこそ故か、ザードは眉根を寄せる。

 手を止めたままずっと考え込んでいたせいだろうか、不意に声を掛けられてザードは大きく肩を揺らした。その弾みで持っていた大事な部品が乾いた音を立ててテーブルを転がり、慌てたザードは落ちる寸でのところで受け止める。幾ら丈夫な銃であっても内部は精密機械であるのは変わりは無いのだ。欠けたり傷がつくと後の戦闘に支障が出てしまい、その寸分が命取りになりかねない。
 道具を大事にしないやつは三流以下だと恩師の教えを徹底しているザードとっては一大事。
 間一髪というところで間に合ったことにほっと息をついた。
 すると声をかけた相手は珍しく慌てたザードの様子に驚いたようで謝罪を口にする。

「すまん! 驚かせてしまったか?」
 悪びれながらも人懐っこい笑みを浮かべたマッシュにザードはいえ、と首を振った。
「私の油断です。マシアス様には情けないところをお見せいたしました。考え事をして周囲の気配をおろそかにするなど、私もまだまだ修行が足りない証拠ですね」
 自嘲したように苦笑するとマッシュも釣られて笑い、じゃあ今度一緒に稽古でもするかと誘ってくれた。
 ザードは社交辞令ではなく本心から是非、と告げるとまた目線を手元に落とした。

 断りもせず、マッシュは椅子を引き、作業するザードの横に腰掛けると同時に声をかけた用件を思い出したようであ、と声をあげる。
「さっきからずっとアニキ見てたみたいだけど、どうしたんだ?」
 一瞬だけ、ぴたりと手が止まった。が、それはすぐに再開された。
「……無礼であるのは承知の上ですが、少し気になることがありまして」
「気になる事って?」
 純粋なマッシュの疑問にザードは少しためらう。エドガーの実弟であるマッシュに言ってもいいものかどうか、否、エドガーに近い存在だからこそあえて聞いてみてもいいかもしれないと無理やり結論付けた。
「城での陛下はいつも穏やかでいらっしゃいますが、この飛空挺内では、とても、砕けたお顔をされるのだと思いまして」
 言葉を選びながら告げるとマッシュも納得したのかあぁ、と視線を兄へと向ける。
「確かになぁ。アニキは国王だし城ン中じゃ気ィ張ってたりするもんな。ここじゃ身分も何もあったもんじゃないから仕方ないと思うぜ」
 マッシュの言うとおりだとザードは思う。この飛空挺にそろうメンバーはどれも生まれも国も身分も全く違う面々ばかりだ。ちらりと視線をエドガーに向ける。
 ロックとセッツァーと雑談をしているエドガーの顔は城で見るものよりもかなりリラックスしているようにも見えた。

 彼は国のトップであるからこそ、気さくではあるが気を許せない事もあるのをザードは知っている。本人よりも周囲が王の威厳を貶めるような振る舞い―女性を口説くことに関しては周囲が諦めているが―は許さないだろう。
 彼も人の子。王の器である人でも堅苦しい空間は息が詰まるはずだ。
「私はずっと陛下に仕えておりましたが、ああいうお顔を拝見したことが無くて……なんだか、おこがましいですが」
 寂しく思います、と独り言のようにぽつりと小さく呟いたザードにマッシュは目を見開く。
 普段ティナと同じようにあまり感情を表に出さないザードが珍しく不満を口にしたのだ。ザードの普段の振る舞いにさして気にも留めていなかったマッシュもこの時ばかり興味が湧いた。
「だったら、アニキに対する態度を改めたらいいんじゃないか? そしたら見れるかもしれないぜ?」
「それは出来ません」
 きっぱりと言い捨てるザードにマッシュは苦笑した。そう簡単に態度を改めるほど、目の前の兄の懐刀は容易くない。


「随分とまぁ、お熱い視線を送ってくるようですこと。どこぞの王様が悪さしないか見張ってるみてぇだな」
「ザードはな、エドガー馬鹿なんだよ。四六時中エドガーが気になって仕方ないんだ」
「ロック。それは彼女に失礼だ」
 笑顔で軽口をたしなめるエドガーにロックは口笛を吹きつつ目線をそらした。地雷を踏んだな、とセッツァーは内心笑う。
 それにしても、こちらに視線を向けてくるザードにセッツァーは違和感を感じた。おそらく隣にいるエドガーも同じだろう。
(ロックの野郎は気付いてないみたいだがな)
 普通気付くであろうはずのマッシュの気配に気付かず、手元も動かさず、ただ黙ってこちらを見つめているザード。
 付き合いは短くても大体の彼女の動向を把握していたが、どうやら今回は把握している行動とは違うパターンのようだ。
 ザードの凡ミスには流石にロックも気付いたようでもの珍しげに目線を向ける。今はマッシュと何やら話しているようだ。
 飛空挺のエンジン音のせいか声はこちらには届かない。
「うわ、珍しいな。ザードの奴どうしたんだろ?」
「……腹でも壊してんのかねぇ。もしくはあの日、か」
「ちょっ! 何言ってんだよ!? セッツァー!!」
 顔を赤らめたロックは声を荒げた。予想通りの反応にセッツァーはさっと耳に手をあて大声から鼓膜を防御。エドガーは相変わらず笑顔でいるが、目の色が鋭くなった気がした。
 セッツァーも下世話であるのは認めるが、何も適当にその手の話題を出したわけではない。
「あぁ? 何言ってんだロック。女の行動パターンが可笑しい時は決まってあの日が相場なんだよ」
「だから、なんでその話になるんだよ!!」
 もしかしてわざとかと思うくらいロックの初心な反応にセッツァーはにやりと口の端をあげて笑う。こちらをからかっていた方が目線で人を殺しかねない相手よりも身の保障は確実だ。
「おいおい、ロック。お前その歳になってその程度で赤らめるなんざ、もしかして」
「な、なんだよ」
 ごくり、と喉をならし、言葉を待つロックにセッツァーは興味をなくしましたといわんばかりに肩をすくめてみせた。
「いや、これ以上は男のプライドってやつだろうからな。優しい俺様が言わないでおいてやるよ」
「んだとう!」
 話の流れからか察したロックは声を荒げた。どうやらセッツァーに乗せられていることに気付いていない。普段は察しのいい男のはずなのに彼はセッツァーとの相性はあまりよくないようだ。またいつもの言葉の応酬にエドガーの険のある色は形を潜めて苦笑する。その様子にこっそりと安堵したセッツァーは腰に手をあて胸をそらす。
 大して身長は変わらないはずなのに何故かロックが小さく感じた。
「おいおいおい、そんなにムキになるんじゃねーよトレジャーハンターさんよ。別に恥かしくもねぇただの生理現象じゃねぇか。別に女を知らないってわけじゃねぇだろ?」
「だ、だからと言ってだなぁ……そんな軽々しく口にしていいもんじゃないだろ」
「ハッ! 青いねぇ……まぁいいか。とりあえず今後セリスがやけにカリカリしてるときは決まってあの日だから気をつけろよ」
「だから! なんでそうなるんだよ!!」
 真っ赤になってまるでサルを見ているような気になってまたセッツァーが笑うとロックはもう知らん! この話は終いだ肩を怒らせながら二人に背を向けた。
「あーらら。からかい過ぎたか」
「悪びれも無いくせによく言う」
 まーな、とカードを取り出しいつものように一人遊びを始めた。エドガーも自分の部屋に戻るのだろう、背を向けたタイミングでセッツァーは呼び止める。

「俺ァ他人の趣味なんざ理解しがたいと思っているが、まぁアレじゃねーの? 愛されてる的な」
「……彼女はそういうつもりではいないよ」
 女であれば口説くのが礼儀と豪語するエドガーが家臣とは言え、女であるはずのザードに対してそう言い切ってしまうのにいささか違和感を覚えた。もとよりそういう対象としてみていないのだろうか。
 好奇心は猫をも殺す、という言葉を頭をよぎるが生粋のギャンブラー精神なのか、ただのおせっかいなのかセッツァーは言わずにはいられなかった。

「不憫なのはどっちかねぇ。恐れ多いと思っているのか、あんたのためとしてなのか」
「セッツァー、勘違いしているようだが、私と彼女とは」
「知ってらぁ、俺だって命は惜しいし茶々なんざハナから入れねぇから安心しろ。馬にもアンタにも蹴られたくはないからな。ただ青天の霹靂ってもんがあるだろうよ。ギャンブルと同じで一か八かってのもあるし先は読めねぇ」
 人間の感情なら尚更な。とポケットをあさり煙草を取り出した。
 火をつけてじっくりと味わい、紫煙を吐き散らす。ほんの少し、煙草の匂いにエドガーは眉根を寄せた。

「自分の命令一つでどうとできる存在ほど厄介な相手も居ないだろうよ。良くも悪くもあの女はあんたのモノの様でそうじゃないってのが尚更な」
 間違ったことは言ってないとセッツァーは思う。現に、ザードのエドガーに対する忠誠心は色気のあるようなものではないのは普段から熟知している。それを理解しているであろうエドガーもまた同じ。
「王様ってのは難儀な商売だな」
 俺は絶対なりたくないなと呟くとエドガーからは君には無理だと言い捨てた。
「セッツァーではおそらく三日で国が傾くだろう」
「違いない」
 くつくつと喉で笑いそこで会話は終わった。エドガーは自室に戻るべく踵を返し一旦立ち止まる。

「君の言うとおりさ、セッツァー。国王は国民に慕われてこそ成り立つものだ。むなしい話ではあっても悲観することはない」
「あー、そりゃ確かに。でも満足してないように見えて実は」

 満更でもないんだろう? と意地の悪い笑みをセッツァーが向けるとエドガーはさぁ? とさらに人の悪い笑みを浮かべていた。

 国王か一人の男か、どちらが優先されるのかなど二人は当の昔から熟知している。だからこそ、エドガーもザードを口説くことはあっても恋愛感情を抱くようなことは無い。またザードもエドガー個人に忠誠を誓っているものの、当然一人の男として彼を見ているわけではないのだ。
 憧れを恋愛と勘違いするような愚は犯さないのがザードだ。彼女の忠誠心は長くフィガロに仕えている年配の家臣とも引けをとらず模範的と言ってもいい。優秀かつ忠誠心も厚い、王になりたての頃から信頼の置ける相手。エドガー自身もザードをそう称している。
 しかし、彼女が模範的過ぎるからこそ、自身を軽んじていることが少しばかりエドガーは不満だった。
 例えば国の窮地に彼女を天秤にかける場合、捨てる選択は当然の如く迷わない。それもザードも当たり前に思ってるのも知っていた。
 ただ、いくら自身のためとは言え、そう易々と命を投げ出されてしまっては何だか面白くない。

 きっと、今ここで命を落とせと命じることで彼女はなんのためらいも無く喉を掻き切る事だろう。

 彼女は優秀な家臣だ。
 ザードの真面目な人柄は気に入っているし、想いのほか砕けた姿も見せてくれる。人間として彼女は好きだと思うが、無二の存在であるからこそ、自身を大事にして、自分に尽くす事以外に何か幸せを見つけて欲しい。

 城に居るよりも近い距離にあるようになり、彼女の素が見れるようになったからなのかそう願ってやまなかった。

 今のこの距離感を変えたいとは思わない。しかし、弟から聞いた話、ザードが自身の素を見たときのほんの少し、不満の言葉をあらわにしたことに関して、こみ上げてきた感情は果たしてなんなのか。

 人は成長して変わるものだから、近いうちかどうかは定かではないが、いつかこの関係に変化は訪れるだろう。
 表情を見せるようになった家臣とどうこう、というは未だに想像は出来ないがなんとなく、予感はできた。

 エドガーもザードも距離感をつめることについては未だに保留にしている。


++++++
前に書いて放置していたのの蔵出し。多分シリーズものかもしれない。

エドガー家臣夢主については大体似た話ばかりなんだけど、ナルシェ終結の幻獣を護れ!当たりで練ってる話があるので、いつになるか解んないけど纏めたいところ。

陛下と賭博師の会話は割と書いてて楽しかった思い出。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -