仏英。


















こんな夜遅くに来客なんてちょっと考えればわかりそうなもんなのにどうしてドアを開けてしまったのか。いや開けなかったとしてもこじ開けられただろうけども。
リビングにどでんと転がされたトランク、その鍵穴を覗きこんでがちゃがちゃやっているアーサーを眺めながらフランシスはため息をついた。
「あーくっそやっぱ駄目だ」
「鈍ったもんですこと」
苛立ちも隠さないじっとりとした緑色にねめつけられて肩をすくめた。
この忘れ物大王はいつまでたっても学習しない。よくてハンカチ、ひどい時にはフライトチケットだったり刷り出しも済んでないデータだったり。その度フォローに走り回る部下の子達を気の毒に思う。『忘れるといけない』から、前もって目立つ場所に置いて、そのまま。今回置き去りにされたトランクの鍵も自宅の玄関先かテーブルの上だろう。どうしてフランシスがそのことを知っているかと言えば、フォローに走らされるのは部下達だけとも限らない訳で。
「…で今回は何で俺んち?」
「お前んちなら着替えの一着や二着あんだろーが」
「いやまぁあるよ!?あるけどさ…平服ならともかく礼服まではそろえてないからね流石に」
「使えんヒゲだ」
「使えてないのはお前の頭でしょうよ」
流石にこんな時間になっては買いに行くなり手当てをしようにも開いている店はないし、かといって明日の朝一番にという訳にもいかないスケジュール。
そもそもなんで巻き込まれた側が頭を悩ませねばならないのか?至極真っ当な考えがフランシスの脳裏に浮かんだのと、トランクのまえに座り込んだままだったアーサーが立ち上がったのはほぼ同時だった。
何も言わないで廊下の方へ進んだアーサーは、トイレのあるのとは反対の方に曲がって消えた。
「え?」
何をする気だと慌てて追いかければ勝手知ったる、アーサーは奥の部屋のクローゼットに頭を突っ込んでごそごそやっていた。
「オマエな…」
「一着よこせ。幸い背丈は変わんねえことだし」
「ウチにイギリス製のは置いてないよ」
「気は進まんが今回ばかりは目を瞑る」
「…フォーマル系はそっちじゃなくってもうちょっと右の方だけどー…」
奥の方に手を伸ばそうとして爪先立ちになっているアーサーを眺める。相変わらず無駄のない身体をしている。というよりも余裕がないという表現の方がしっくりくるかもしれない。筋肉が無いわけでないのは身をもって知っているけれど、それにしても細い。
首周り、肩幅、胸板、腰まわり、脚線。身長が変わらないから良いというものでもない。
リビングで、礼服が無いなら貸してやると声をかけようと思って、フランシスは結局やめたのだ。
「あんだよ、心配しなくてもクリーニング位してから返すぞ」
「端から心配してないよそういうとこだけはね」
問題はそこじゃない。服の上からあてて見て、まあこれでなんて言っているけれど、明日の朝になってからぶつぶつ文句を言うのはお前だよ。だぶつく衣装にフランス製はこれだから、とのたまう生意気面が今から目に浮かぶようだった。転がされたトランクの中には正真正銘イギリス製の、彼の為にあつらえられた一式が入っている。上品だけれど少しばかり古風なシルエットのそれをまとうアーサーをフランシスはひそかに気にいっている。
まあそれでも平服で出ていくよりはマシなのかもしれない。鍵さえあればこんなことにはならずに済んだのだから、多少決まりの悪い思いをしたところでそれはアーサーの自業自得だ。
…なんて思っているとはおくびにも出さず、黙って鏡の前でとっかえひっかえやっているアーサーを眺めていたら、ポケットに入れたままにしていたフランシスの携帯電話が小さく唸った。片手で開いた二つ折りの画面、そこに表示されたメールの差出人にはお疲れ様を言ってやりたい。おそらく最終に飛び乗ったのだろう。
「なあ、ファッションショーは後回しにしてなんか食べない?もう一人お客もふえるし」
「客?」
「携帯してこその携帯電話じゃないの?」
「あっ」
アーサー本人に繋がらなければフランシスに連絡を取るというのはいかがなものかと思う。けれども現実にそれで用は足りてしまっているのだから、自分たちも大概だ。どうでも良い感想を抱きつつ、頭の中で冷蔵庫の中身を確認する。
「お前はもうちょっと食べなさいね。そんなんだからモテねんだぞ」
「無駄肉付けてどうすんだ。生憎と粗野なオス臭振りまく趣味は無いんでね」
「お前が一人で枯れるのは勝手だけどね、部下ちゃん達まで巻き込むのはやめたげなさいね」
アーサーの手に握られていたハンガーを、取り上げて適当な位置にも掛ける。
「ちゃっちゃと作るからスープでも飲んで待っててよ。残りもんだけど」
スープという単語を聞いた途端にアーサーの腹がくうとなったのをフランシスは聞き逃さない。からかう言葉を口にする前に顔を真っ赤にしたアーサーは、夕食をとる時間がどうのとか弁明を始めたので、説教してやらねばなるまい。素直に聞くとは思っていないがきっと客人も加勢してくれるだろう。
鳥ガラみたいなアーサーなんて、何より誰よりフランシスが面白くないので。



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120604
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