02:急には無理
ダイフクとオーブンはカタクリのようにナナシのファンではないが、ナナシのお茶とお菓子のファンにはなってしまった。
だから一週間か二週間に一回くらいはカタクリと一緒に喫茶店に通うようになった。
そして今日も三人は喫茶店に来ていた。
カタクリはナナシさんは今日もカッコイイと思いながら紅茶を飲んでいる。
「なァカタクリ?」
「なんだ?」
「なんでお前話さねェの?」
「あ、おれも思ってた」
二人はケーキを頬張りながらカタクリに尋ねる。
「何がだ?」
「ファンなんだよな?だったら会話したいんじゃねェのか?」
「そうそう。でもカタクリって基本振られた話に答えるだけだからよ」
「…………し、仕事の邪魔したら悪いだろうが」
カタクリの目が不自然に泳いだので二人はすぐに嘘だとわかった。
「本当は?」
「………き、緊張して話し掛けられねェ!」
カタクリは両手で顔を覆った。二人は情けねェなと思いながら紅茶を飲む。
「何を緊張すんだよ?」
「まず話し掛けていいタイミングがわからねェ」
「いや、そんなのいつでも良いだろ?」
「良くないだろう!?今からやりたい事あるのに話し掛けてんじゃねェよとかもしも思われたら……おれはもう生きていけねェ!!」
「いや、考えすぎだって」
「めんどくせェなお前」
ダイフクは呆れながらまたケーキを頬張り出した。オーブンは店を見回してほらあれ!と離れたテーブルでナナシが注文を取りながら女性客と話しているのを指差した。
「楽しそうに会話してるぞ?」
「いや、あれは注文を取りながらだし……」
「お前は話したいのか話したくないのかどっちなんだ?」
「…………話したい」
「ったく仕方ねェな」
オーブンとカタクリの会話を聞いていたダイフクがおーい!と叫んだ。ナナシからは少々お待ち下さいと返ってくる。
「な、はっ!?」
「話したいんだろ?」
「よかったなーカタクリ」
「よ、良くねェ!急には無理だ!こ、ここ、心の準備が……!!」
「大丈夫だ。おれが話振ってやるから!」
「え?そ、そうか。それなら……」
ダイフクの言葉にカタクリは少し安心した。でもやっぱり緊張はするので何度も何度も深呼吸をしている。
ナナシは少し早足でお待たせ致しましたと三人の前にやって来た。
「追加のご注文ですか?」
「いや、カタクリが話したいんだってよ。な?」
「っ!!!!??」
カタクリは普通にダイフクが話し始めて、それに途中から交ざって会話をするとか……そんな風なのを想像していた。でもダイフクの話の振り方は思っていたのと全然違いカタクリの頭は真っ白になってしまう。
オーブンもこんな話の振り方あるか?と少し呆れている。
「なんでしょうか?」
「え、あっ、そ、の……」
「はい?」
「あ、あ、ファ、ファンなんだ!!!」
ナナシが自分のために待っていてくれているから何か話さなければと思ったカタクリは咄嗟にそう叫んでしまった。
思ったよりも大きな声が出てしまい客の視線が一気にカタクリに集まる。カタクリは恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて下を向いた。
ナナシは一瞬驚いた様子だったがすぐに会釈をした。
「光栄ですカタクリ様」
そう言いながらにっこりと微笑んだ。ナナシは普通にカタクリはお店のお茶やお菓子のファンという意味で言ったのだろうと思っているから嬉しいようだ。
そのナナシの姿を見て他の席から私も!私もファンです!なんて聞こえてくる。ナナシは笑顔で他のテーブルにも会釈をしていく。
カタクリが両手で顔を覆ったまま動かなくなっているのに気付いたオーブンは紅茶のおかわりを頼んでナナシを遠ざけた。
「だ、大丈夫かカタクリ?」
「最悪だ……絶対変な奴だと思われた」
最悪だ最悪だと繰り返し言い続けているカタクリをオーブンは大丈夫だってと励ます。
「わ、悪かったよカタクリ。まさかあんな叫ぶなんて思ってなかったから……」
ダイフクもちょっと反省しているようだ。
二人がカタクリを慰めている間に紅茶を持ったナナシが戻ってきた。
カタクリが両手で顔を覆い下を向いているのでナナシはどうしましたか?と尋ねた。
「えっと、突然変な事言っちまったって気にしてて……」
「あ、そうなんですね。フフ、私は本当に嬉しかったですけどね」
この言葉を聞いたカタクリは少し指の隙間からナナシの顔を盗み見た。
ナナシはいつも通りにっこりと微笑んでいるのでカタクリはそっと顔から手を退ける。
「ほ、本当か?」
「もちろんです。あ、そうだ。サインでも書きましょうか?フフ、なーんて………」
「ぜ、是非頼む」
ナナシはもちろん冗談のつもりで言ったのでえ?と驚いている。ダイフクとオーブンもは?という顔でカタクリを見ていた。
「あ、ちゃんとカタクリへって書いてくれ」
「は、はい」
なんだかカタクリがわくわくしているように見えたナナシは冗談ですなんて今更言えなくて、エプロンに入っているメモ帳とボールペンを取り出した。
でもナナシはサインなんて書いた事がない。どうしようか少し悩んでから紙に文字を書き始めた。
「………これでよろしいですか?」
ナナシが差し出した紙にはこう書かれていた。
カタクリ様へ
いつもご来店ありがとうございます。
どうぞ今後もご贔屓にお願い致します。
ナナシより
「手紙じゃねェか」
紙を見たダイフクとオーブンがハモった。ナナシは苦笑いを浮かべる。
「すみません、サインってわからなくて……でもそうですね、これだと手紙ですね。書き直します」
「これでいい。いや、これがいい」
カタクリは差し出されている紙をそっと受け取った。ナナシは笑顔で深くお辞儀をする。
カタクリはもうすっかり元気になっていてそれは嬉しそうに紙を眺めているので、二人はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
後日二人がカタクリの屋敷に行くとナナシの書いた手紙がとても立派な額に飾られていた。
「うっわ」
「これはヤバい」
「ヤバい?……ああ、素敵すぎてヤバいな」
「いや、お前の頭」
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カタクリは額のお手入れが日課になった(笑)