12:気付いた気持ち
ナナシはカタクリが島を出発した日から毎日ケガなどしていないか、嵐に襲われたりしていないかと、心配しながら仕事をしていた。もちろん仕事中顔には出していない。
そしてカタクリが島を出発してから二週間ほどたった今日は喫茶店の定休日。
ナナシは朝からカタクリのことばかり考えていた。そんな自分に恥ずかしくなって別のことをしようとするのだが、結局何をしていても最終的にはカタクリのことが頭に浮かんでしまい、一人家の中で顔を赤くしていた。
一方その頃カタクリは部下が島に火をつけるのを眺めていた。
この島はママに納めるお菓子の用意が間に合わなかったのだ。もう少し待って欲しいと、どんなに頭を下げようがビッグ・マム海賊団がそんな話を聞くわけもなく、お菓子をくれない奴は殺さなきゃと言うママの命令通りカタクリとダイフクは皆やっつけて燃やしたわけだ。
そして船に戻り島が燃えて甘い香りが漂ってくるとカタクリはハッとした。
「ナナシさんへの土産を買ってねェ!!!」
そう叫んだカタクリはダッと走り出そうとしたのだが、隣にいたダイフクが両手でしっかりとカタクリの腰を掴みなんとか踏ん張り止めた。
「待て待て!お前待て!!」
「離せ!!おれは約束したんだ!!」
「島をよく見ろ!もう無理だろうがァ!!」
「行ってみないとわからん!!」
言うことを聞かないカタクリ。もう任務も終わったのだからさっさと帰りたかったダイフクは叫んだ。
「こんな燃えてる島で落ちてたもんをあいつの土産にすんのかァ!?」
その言葉を聞いた瞬間ピタリとカタクリの動きは止まったので、踏ん張っていたダイフクはそのまま後ろに倒れた。
「そんな物をナナシさんの土産にするのは失礼だな。そうなると、何を土産にするか……」
「まず先におれに謝れェ!」
ダイフクは大声で叫んだ。
それから何日かして、カタクリがコムギ島に帰って来たのは真夜中だった。
朝にはママに報告を済ませていたので夕方には島に帰れる予定だったのだが、帰りに妹達に会ってしまい、そのまま一緒にお茶しましょうよとダイフクと共に捕まってしまったのだ。もちろん大切な妹達とのお茶なので嫌なわけではなかったのだが、任務の後だからかカタクリは少しだけ疲れていた。
夕方に戻れればナナシさんに会えたのだがなと思いながらカタクリは小さな袋を大切そうに抱えながら屋敷への道を歩いていたのだが、ナナシの喫茶店の側でカタクリの足は止まった。
「あ、カタクリ様」
ナナシが喫茶店の前にいたのだ。
カタクリが早足で店の前まで行くとナナシはこんばんはと微笑んだ。その笑顔はやっぱり眩しくてカタクリはギュッと目を瞑る。
「あの、どうかなさいましたか?」
「い、いや……」
心配そうに自分を見上げてくるナナシに気付いたカタクリは慌ててなんでもないと小さな声で答えた。久しぶりのナナシとの会話にカタクリはかなり緊張しているようだ。
「遠征お疲れ様でした」
「ああ」
「お怪我はありませんか?」
「問題ない」
「そうですか。よかった……」
ナナシはほっと息をつくとそのまま何か考えるように下を向いてしまったので、カタクリは突然どうしたのだろうかと心配になりながらナナシの様子を黙って伺っていた。
少ししてナナシは何が決心したのかあの!と顔を上げた。
「ど、どうした?」
「カタクリ様が、良ければなのですが……」
「なんだ?」
「何か、あの、お飲み物はいかがですか?」
「……飲み物?」
「はい、もう時間も遅いのでホットココアなど……あ、もちろんお疲れだと思いますので、無理にとは……」
「是非頼む!!!」
思っていたよりも大きな声が出てしまったカタクリは慌てて手で口をおさえた。
そんなカタクリを見てナナシは小さく笑うと、どうぞお入りくださいと喫茶店のドアを開けお辞儀をした。
カタクリはやっぱりナナシさんはカッコイイ!!と思いながら喫茶店の中に入ったのだった。
カタクリはナナシに会えるとは思っていなかったし、ましてや飲み物を用意してもらえるなんて思ってもいなかったので、いつもの席に座り幸せを噛み締めていた。
ナナシの方は少し顔を赤くしながら、任務帰りに誘うなんてやっぱり悪かったかもしれないと少しだけ後悔しながらココアの準備をしていた。
「お待たせいたしました」
ナナシは素早く準備を済ませカタクリの前にココアを置いた。
ココアを一口飲んだカタクリは優しい甘さのせいか体の力が抜けていき、ソファーの背もたれに体を預け小さく息を吐く。
「今回の遠征先は約束を守れなかったそうですね」
ナナシは夕方帰って来たカタクリの部下達に今回の遠征先の話を聞いていたようだ。
カタクリはハッとして姿勢を正すと頭を下げた。
「すまない!」
「え?どうしましたか?」
「おれは……焼き菓子を買えなかったんだ」
「あ、そんな、い、いいんですよカタクリ様。頭を上げたください!」
「しかし、約束をしたのに……」
「海賊に旗を借りているのに約束を守れなかった島が悪いんです。カタクリ様は命令通りに動いただけでしょう?だから悪くありません」
「そう、か、よかった……あ、そうだ」
カタクリは大切に持っていた袋の中から何か取り出しテーブルの上に置いた。
「こ、これをどう思う?」
テーブルの上に置かれたのはジュエリーボックスだった。シンプルなデザインではあるが、小さな宝石がちりばめられていてキラキラと輝きとても美しい。
ナナシの反応が気になるのかカタクリはチラチラとナナシの顔を見ている。それに気付いたナナシは笑いながら答えた。
「とても素敵だと思いますよ」
「そ、そうか!?」
「フフ、はい。妹さんへのお土産ですか?」
「い、いや、これは……買えなかった焼き菓子の代わりの土産だ」
「え!?じゃあこれは、私にですか!?」
カタクリは黙って頷いた。
「いや、あの……これ、凄くお高いのでは?」
「そうでもない」
そんなわけはないだろうと思いながら、ナナシは改めてテーブルの上に置かれているジュエリーボックスを眺め、こんな美しい物を女らしくない自分が使うなどもったいないなと思ってしまった。
「こういうのは、女らしい方が使ってこそ価値があると思います」
「そ、そうか、じゃあ問題ないな」
「え?」
「なんだ?」
「も、問題ありますよ。前にもカタクリ様は私を女扱いしてくれましたが、私は女らしくないんです。見た目も振る舞いも、昔からそうです」
「確かに、普段凄く、カ、カッコイイしな」
「……私はかっこよくなんかないんですけどね。でも、よくそう言っていただけます。あと、男ならよかったのにって……」
ナナシは今まで周りにそう言われても気にした事がなかった。自分でも思っていたからだ。
でも、今目の前にいるカタクリにもそう言われたらと思うと、なんだか悲しくなり、涙が出そうになって少し下を向いた。
「だから、こんな素敵な物を私が持っていても……」
「おれは別にそうは思わないが」
「え?」
ナナシが顔を上げるとカタクリとバッチリ目が合ったので、カタクリは不自然に目を泳がせてからもごもごと話を続ける。
「いや、あの、う、動きに、違うか、仕草がこう、品があってだな……」
兄弟の前ではナナシの話をいくらでも出来るカタクリだが、やはり本人を前にすると上手く話せないようで、顔がどんどん赤くなっていく。
「と、とにかく!女らし、あ、いや、女性らしい品がある所もおれはいいと思っている。だから、男ならよかったとは思わない」
「……私なんかに女らしい品がありますか?」
「ある。フ、ファンのおれが言うのだから間違いない」
そう言って顔を真っ赤に染めているカタクリを黙って見詰めるナナシ。カタクリはそれに耐えられないのか、そんなに見ないでくれと首に巻いているストールで顔を隠してしまう。
その姿が可愛くてナナシはフフッと小さく笑った。悲しい気持ちはいつの間にか消えていた。
「ありがとうございますカタクリ様」
ナナシはテーブルの上に置かれているジュエリーボックスをそっと掴んだ。
「大切に使わせていただきます」
「そ、そうか!よかった」
カタクリはお土産をよろこんでもらえた事に安堵したのかまたココアを飲み始めた。
そんなカタクリの事をナナシは好きだなと思いながら愛しそうに見詰めていた。
「こんな時間にすまなかった」
「いえ、誘ったのは私ですから」
「夜道は危険だ。め、迷惑でなければ家まで送ろう」
「私なんかには必要ありませ……あ、いえ、じゃあ、お言葉に甘えてもよろしいですか?」
「まかせてくれ!!!」
またも思っていたより大きな声が出てしまったカタクリは慌てて手で口をおさえた。そんなカタクリを見てナナシは可愛いなと思いながら笑った。
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ヒロインはもともと少しカタクリに惹かれてたんですけど、今回でちゃんと好きになっちゃった感じですね。