10:小さな変化
ダイフクとオーブンにナナシからもらった物を一通り自慢し終え満足したカタクリは喫茶店に行こうと二人を誘った。
もちろん二人もそのつもりで来ていたのですぐに喫茶店に行く事になった。
喫茶店に三人が入ればナナシはいつものように笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ」
「き、昨日のお菓子最高に美味しかった」
「そうですか!お口に合ったようでよかった……今日は三人でいらしてくれたんですね。ではどうぞこちらのお席へ」
そしていつものように少し世間話をしながら注文を聞くとナナシはカウンターの方へと戻っていった。
今日は何が出てくるだろうかとダイフクとオーブンが話していると突然ガタガタとソファーが揺れ始めた。
「あ?地震か?」
「地震なんて珍し……って、カタクリ!?」
地震による揺れかと思った二人だったが、ソファーが揺れている原因はガタガタと震えているカタクリのせいだった。
「ど、どうした!?」
「お、おおお、おお、お、おおおお……」
「こえェよ!落ち着けって!!」
隣に座っているオーブンはカタクリの背中を擦った。ダイフクは少しオロオロしながらカタクリの様子を見ている。
「お、おおお、おれ……」
「うん?」
「ナナシさ、ナナシ、さん、に……」
「え?おう?」
「き、きら、きらきら、嫌われた……!」
そう言ってカタクリは両手で顔を覆い下を向いてしまった。
ナナシは最初から笑顔でいつも通りの接客だったので、カタクリがそんな事を突然言い出す意味が二人にはわからなかった。
「気のせいだって!なァ?」
「そうそう!いつも通りだったぞ?」
「でも……」
「あ?」
「一度も、目を合わせてくれなかった……」
「……」
二人は入ってから注文を取るまでの事を思い出してみた。二人はナナシと目を合わせてしっかり会話したが、言われてみるとカタクリと会話していた時はいつもより少し下を向いていたような気がした。
「た、たまたまだろ?」
「今までこんな事は、一度もない」
カタクリはナナシとの会話で自分が照れ臭くなって目を逸らすことはあってもナナシの方が目を逸らすなんて事はなかったし、どんなに店が忙しい時でもナナシは必ず相手の目を見て返事をしていた。
「や、やはり、昨夜の事がいけなかったのか……」
「え、さ、昨夜!?」
「お、お前ついになんかしちゃったのか?」
「……さっき話した手紙とお菓子の差し入れが嬉しすぎて、ナナシさんに会いたくなり……許可も取らずに家に行ってしまったんだ」
「そ、それで?」
「話した」
「……え?それからどうしたんだ?」
「帰った……ああ、どうしよう……突然押し掛けたから本当は気持ち悪い奴だと思われてしまったんだ……それなのに、また店に来てしまって……おれはこれからどうすれば……!」
「……やっぱりたまたまだと思う」
真面目すぎる奴だとダイフクとオーブンは溜め息をついた。でもカタクリは、だがとかしかしなんてずっと言い続けている。
「わかったわかった。確認すればいいんだろ?」
「……し、したくない」
「大丈夫だって!あ、ほら!たぶんおれたちの運ばれてくるぞ!」
「っ!!!」
立ち上がり逃げ出そうとしたカタクリをオーブンは逃がさなかった。
「か、帰る!おれは帰る!!」
「どうどう」
「大丈夫だから!な?」
「あの、どうかしましたか?」
いつの間にか三人のテーブルの前まで来ていたナナシが首を傾げていて、カタクリはすぐに両腕で顔を隠した。
「え?あの……」
「なんかこいつ目を合わせてもらえなかったって気にしてて……」
「あ」
ナナシは昨日の事を思い出すとカタクリの事を変に意識してしまい、目が合わせられなかったのだ。
だけど今は仕事中だしカタクリは大切なお客様……私はいったい何をしているんだろうと反省したナナシは小さく深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「カタクリ様大変失礼致しました。実は少し考え事をしていて」
「……か、考え事?」
「はい。新しいメニューで、生クリームを使うかカスタードクリームを使うかを悩んでいて、それで……仕事中に考える事ではありませんでした。不愉快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません!」
ナナシは深く頭を下げた。
カタクリは両腕を少しずらすと頭を上げたナナシと目が合った。落ち着いたナナシは今度は本当にいつものようにカタクリとしっかり目を合わせてにっこりと微笑んだ。
それを見てカタクリはやっと安心して両腕を下ろす事が出来た。
「か、考え事をしていたなら仕方ない」
「本当に申し訳ございません」
「いや、気にしないでくれ。大丈夫だ。よかった……昨夜突然押し掛けた事で、その、嫌われてしまったのかと……」
「き、嫌う事なんてありません!!」
ナナシは大声で叫んでしまった。ナナシがこんな風に大声を出す事は滅多にないので、店内はシーンと静まり返った。目の前にいるカタクリも驚き固まっている。もちんダイフクとオーブンもだ。
ナナシはすぐにハッとしてすみませんと店内にいる他の客達に頭を下げると、またカタクリ達の方へくるりと向き直った。
「し、失礼致しました……カタクリ様はこの島の大臣で、そして大切な常連のお客様でもあります。だから、嫌いになる事なんて、絶対にありませんから」
ナナシはにっこりと微笑むとテーブルに三人のお茶とケーキを置いて、ごゆっくりおくつろぎくださいと会釈して戻っていった。そしてカウンター内に戻ると作業するふりをしてしゃがみ込んだ。
「ど、どうしよう……平常心平常心……」
ナナシはブツブツと呟きながら少し赤くなった顔を押さえていた。
ナナシがいなくなるとカタクリは両手で顔を覆い足をばたつかせながら悶えていた。
「あああああああ……!」
「落ち着け落ち着け」
「よかったなカタクリ」
「い、一生推す……!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カタクリはやっぱりファンなんですよ。