22:時空を超えて
クラッカーは戻ってからもやっぱりナナシに会いたくなり何度か階段から飛び降りてみたり薬を飲んでみたりと試してみたが、ただ痛い思いと苦しい思いをするだけであっちの世界に行くことは出来なかった。
またナナシがこの世界に来る可能性もあるよなとも思っていたので兄の所に電話してみたり、外に出るたびにナナシの姿を探したりもしていた。
そんな生活を続けて三年だ。最初の頃と比べると階段から飛び降りたり薬を飲んだりはしなくなった。兄弟に怒られ、とても心配されたからだ。でも仕事がない時はいつもナナシの事を探していた。
そして今日もナナシの事を探しながら一緒に行った砂浜まで来ていた。
「……会いたいよナナシ」
もう会う事は出来ないのだろうなと思いながらもクラッカーは毎日ナナシを想っていた。
屋敷に戻ると使用人にペロスペロー様がお待ちですと言われ、何かあったのだろうかと急いでペロスペローの待つ部屋へと向かった。
部屋に入ると笑顔でペロスペローに迎えられた。
「連絡もなしに突然来てしまって悪かったな」
「いや、大丈夫だよ。どうしたんだ?」
「お前に客を連れてきたんだ」
ペロスペローがそう言えば、ペロスペローの後ろに隠れていた人物が顔を出した。
「久しぶり」
クラッカーは驚いて声が出なかった。
「じゃあ、私はもう行くよ」
「あ、ご迷惑おかけしてすみませんでした。ありがとうございます!」
その人物はペロスペローに深く頭を下げている。
ペロスペローはクラッカーの横を通った時よかったなと言いながら肩を叩いて部屋を出ていった。
「……ナナシ?」
「うん。元気してた?」
ペロスペローが連れてきた客とはナナシだった。
ナナシは笑っていて、三年前と変わらないその笑顔を見てクラッカーは泣きそうになった。
「……元気なわけ、ないだろ」
「そっか。私はけっこう元気だったよ。毎日仕事頑張って、友達といっぱい遊んで、自分なりに親孝行もしてたつもり。もちろんちゃんと節約もしてお金も貯めた」
「……そうかよ」
「うん……それでさ、悪いんだけどーまたしばらくお世話になっても……」
「断る」
クラッカーから出た言葉は拒絶だった。
本当はナナシを抱き締めて、会いたかったと、まだ好きだと伝えたかった。でもナナシの『しばらく』という言葉を聞いてまたすぐに別れがくるのだと思うと悲しくて辛くて、もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「くそっなんでまた帰るのに、おれの所に来たんだよ……これなら、会えないままの方が、まだ、きっと……」
クラッカーはそこまで言って黙ってしまった。
ナナシは下を向いたまま動かないクラッカーの側に駆け寄り顔を覗き込んで微笑んだ。
その笑顔は今まで見た中で一番美しくそして優しいもので、クラッカーはナナシの事を力強く抱き締めていた。
「くそっ……好きだ」
「アハハ……あれから三年もたつのにまだ私の事好きでいてくれたのか」
「そうだよ悪いか」
「いや、よかった……嬉しい」
ナナシはクラッカーの背中に手を回して優しく抱き締め返した。突然の言葉と行動に驚いたクラッカーはナナシを勢いよく引き離した。
「お、お前は誰だ!?」
「いや、ナナシですけど?」
「………はっ!夢か?」
ナナシは力一杯クラッカーの脛を蹴飛ばしてやった。
「いてェか?」
「い、痛い」
夢ではないとわかったクラッカーだったが、ナナシの言葉と行動の意味がわからなくてまた頭の中はぐちゃぐちゃだ。
混乱している様子のクラッカーを見てナナシは苦笑いを浮かべる。
「しばらくっていうのは、あんたが私の事嫌になるまでの意味で言ったんだ」
「は?」
「世界とさよならしてきた」
「さよならって、お前、それ……」
「私はクラッカーの側にいたいと思ったから来たんだよ」
顔を赤くしているナナシを見てやっぱりこれは夢なのではと思ったクラッカーは自分の頬を力一杯つねってみたがやっぱり痛くて夢ではないのだとわかった。
「やっ……」
「ん?」
「やったァァァァァァァ!!!」
クラッカーはナナシを勢いよく抱き上げクルクルと回り出した。ナナシは目が回るからやめろ!と叫びながらもどこか嬉しそうな顔をしている。
「お前遅いんだよ!三年だぞ!?三年!!」
「私からしたら三年で世界を捨てる決心をした事を褒めて欲しいところなんだけど……苦しい思いしたからね?」
「ああ!もちろん褒めてやるよ!!」
クラッカーはナナシを下ろして頭をわしゃわしゃと撫でるとまた抱き締めた。
「ナナシもおれの事好きなんだよな?」
「……まあね」
「ちゃんと全部言ってくれよ」
「さっきのでもうわかってるでしょ」
「………」
ブスッとした顔で睨んでくるクラッカーを見てナナシは大きな溜め息をついた。
「もーわかったよ。ちょっとあんた屈みな」
クラッカーは笑顔で大人しく屈んだのでナナシは頬にそっと手を添えた。
「一回しか言わないからよく聞けよ?離れてわかったの、あんたと一緒にいるのは楽しかったって。それが日に日に強くなっていって……だから、私は自分の世界を捨てて、時空を超えて、あんたに会いに来た」
ナナシはそのままクラッカーに口付けをした。
まさかキスまでされるとは思っていなかったクラッカーは顔を真っ赤に染めて固まる。
「愛してるクラッカー」
言い終わるとナナシはパッと手を離して慣れない事はするもんじゃないねと言いながら赤くなっていく自分の顔をパタパタと手で扇いだ。
クラッカーはガシッとナナシの肩を掴む。
「も、もう一回言ってくれ!そしてしてくれ!」
「一回しか言わないって言った」
「嫌だ!もう一回!頼むよ!もう一回!」
「……いつかね」
「いつかっていつだよ!?」
「うるっさい!これからはずっと一緒にいるんだからいつでもいいでしょ!?」
「……そ、そうか、それもそうだな!!」
クラッカーは本当にこれからはずっと一緒にいれるのだと思うと嬉しさで顔がにやけていった。
「……その顔はなかなかヤバイよ?」
「う、うるさい見るな!あ、そうだ!お前に話したい事がたくさんあるんだよ!お茶とお菓子を食べながら……」
「私甘いのいらないから」
「じゃあビスケット出してやるよ」
「別にビスケットも好きではないからね?」
「ったく、これからは少しくらい甘い物好きになれよ?」
そう言いながらクラッカーが笑顔で手を差し出してきたので、ナナシはその手を掴み強く握り返した。
「ねェ提案があるんだけど、この島今日からせんべい島にしない?」
「いや、ふざけるな」
クラッカーは落ち着かない様子でナナシの隣に座っている。
「あのさ、トイレなら早く行きなよ?」
「ち、違う!そうじゃなくて………キ、キスしてもいいか?」
「………許可とか取らなくていいんだけど」
「そ、そうか!じゃあ……」
クラッカーが肩に手を置けばナナシは頬を赤く染め目を閉じたので、クラッカーの心臓は爆発するんじゃないかと思うくらい早くなった。
「………まだ?」
「こ、心の準備が……!!」
「………もー!」
結局キスは痺れを切らしたナナシからしたのだった。
おしまい。