10:お前の事が
ナナシは昨日急いで引っ越しの準備を済ませ一睡もすることなく朝を迎えた。
そういえば何時に迎えに来るのだろうかとふと考えた。明日迎えに行くとしか言われなかったナナシは溜め息をついた。
とりあえず落ち着くために紅茶でも飲もうとお湯を沸かそうとした時、ドアが控えめにノックされた。時計の針はまだ五時を過ぎたところだ。
流石にまだ迎えに来るわけがないと思ったナナシは誰が来たのかと首を傾げながらドアを開けた。
「………ひょっ!?」
まさかのカタクリだった。
心の準備が出来ていなかったナナシからは変な声が出てしまう。
カタクリは寝れなかったし、あと楽しみ過ぎて五時になった瞬間にもういいかと屋敷を飛び出してしまったのだ。でもナナシの驚いている様子を見て自分の行動をちょっとだけ後悔したカタクリは気まずそうに目を逸らした。
「………その、やはり、早すぎたか?」
「あ、や、い、いえ!起きてたので大丈夫です!お、おは、おはようございます!」
ナナシの言葉を聞いてカタクリはほっとした。
ナナシはカタクリが来たのでまとめていた荷物を持って頭を下げた。
「こ、これ、から……ど、どうぞよろしくお願い致します!!」
「あぁ………ん?」
カタクリはナナシの持っている荷物の少なさに首を傾げた。
「………これだけか?」
「え?あ、ま、まだもう少しありますけど、今度……」
「どれだ?」
カタクリにそう言われてナナシはびくびくしながら玄関の側にまとめてある荷物を指差した。
カタクリはそれを聞くとひょいっと全ての荷物を持って歩き出したのでナナシは驚いて声をあげた。
「ちょっ、カ、カタクリ様!?」
「なんだ?」
「こ、こんな雑用みたいなことカタクリ様に……」
「気にするな。おれはこのために来た」
でもーとなんだか困っているナナシがとても愛らしく見えて、カタクリはナナシの頭にそっと手を置いた。
「こ、これからはいつでもおれを頼るといい」
「ひぇ………は、は、ぃ?」
カタクリは決まった!とか思っているのだが、ナナシは何か裏があるのでは?と恐怖するだけだった。
屋敷に着いてナナシはそのままカタクリに部屋へと案内された。
「荷物の整理をするといい」
そう言ってカタクリは部屋から出ていく。残されたナナシは呆然と部屋の中に立ち尽くした。
だって部屋がくそ広いのだ。ナナシは普通サイズの人間だ。でもまずベッドがビッグ・マムでも寝れそうなくらい大きい。ナナシは恐る恐るベッドに近付き乗ってみた。
「マ、マシュマロ!!」
ナナシはベッドのふかふかさにテンションが上がり子供のように部屋の探索を開始した。
部屋には全てが揃っていた。トイレやお風呂はナナシが使うのにちょうどいい大きさだ。そしてキッチンも綺麗で広くて道具も全て揃っていた。色んな種類の紅茶も置いてあり、ここでカタクリの紅茶を用意するのか……とナナシは思った。
一時間ほど探索をして思っていた以上の部屋の広さと綺麗さにドン引きしたナナシはいきなり冷静に戻ってしまった。
「こっこっわ!!」
今度はそわそわと部屋の中を歩き回る。カタクリの好意に気付いてないナナシからしたら紅茶を入れるだけの仕事でこの部屋はそりゃおかしいと思うだろう。
高額な家賃が請求されるのか?実は嘘で他に何かヤバい事をやらされるのか?ナナシの顔は青くなる。そして部屋に入ってから考えないようにしていた真ん中に置いてある椅子とテーブルをちらりと見た。
自分が座るのにちょうどいい大きさの椅子と、少し大きなテーブルと、巨大な椅子。
これはもしかして……ナナシの頭に一つの考えが浮かんだが、ぶんぶんと首を横に振る。
「そんな事あるわけない。ないないない!」
ナナシは自分にいい聞かせるように呟き、さて荷物の整理でもと思った時ドアがノックされた。
「………片付けは終わったか?」
「カ、カタクリ様!?」
ナナシは慌ててドアを開けた。
「あ、あの、まだ、で……」
「そうか……慌てる必要はない。少し休んだらどうだ?」
「そ、そうします」
ナナシがそう言うとカタクリは部屋に入ってきて真ん中に置いてある巨大な椅子に腰掛けた。やっぱりあんたのかい!とナナシは思わず心の中で突っ込んだ。
ドアの前で震えながら立ったままでいるナナシにカタクリは座らないのか?と声を掛ける。ナナシはちょっと泣きながらカタクリの前の椅子に腰掛けた。
ナナシにはやっぱりカタクリの行動が理解できない。だから裏があるなら早く知りたいと思い、ゆっくりと深呼吸をしてからカタクリの目をしっかりと見て話し出した。
「な、何故私にこんな広いお部屋をくださったのですか?」
「………何故だと?」
「はい。だってこんないいお部屋私にはもったいないです」
「そんな事……」
「あ、あります」
「いや……」
「な、何か理由がありますよね?だって理由もなくこんないい部屋普通ありえません!!」
突然の質問にカタクリは言葉に詰まる。自分の目をしっかりと見詰めてくるナナシを見てカタクリは息を呑む。これは気持ちを伝えるべきなのかもしれないとカタクリは決心した。
「それは……おれが」
「は、はい」
「お前の事を……」
「わ、私の事を?」
「す、すき……」
「すき……?」
「す、すき、好き……」
そう言いながら赤く染まるカタクリの顔。そんなカタクリを見てまさか、そんな、え?と今まで考えもしなかった可能性が頭に浮かびナナシの顔もつられて赤くなっていく。
「カ、カタクリ、様………」
そう言いながら自分の事を赤い顔で見詰めてくるナナシが可愛くてカタクリの顔がボッと完全に赤くなる。
「す、隙だらけで放っておけないからだ!!!」
「え?あ!そ、そうだったんですね!!!」
やっぱり恥ずかしくて言えなかった。
情けない!と思いながらカタクリは口元のストールを頭まで持ち上げる。
その言葉を聞いて初めてナナシはカタクリの今までの行動に納得出来た。まぁそれでもおかしいだろうと思う行動は多々あるのだが、図々しい勘違いをしそうになったと恥ずかしくなっているナナシはもうそんな事思い付かなかった。
普通にカタクリ様は噂通り優しいお方だったんだ!とか考えてしまっている。
「わ、私なんかにありがとうございます!」
「………………い、いや」
「カ、カタクリ様にご心配お掛けしないように善処致します!」
「あ、あぁ」
「では、早速仕事しますね!お紅茶準備しますので、少々お待ち下さい!」
「………………あぁ」
そう言いながら笑顔で駆け出すナナシの背中をストールを少しずらしてカタクリは見詰める。
いつか結婚するのだから、今はこれでいいかとカタクリは幸せな気持ちで紅茶を待った。
「カ、カタクリ!」
「あぁ、ペロス兄。朝から連絡なんて何かあったのか?」
「今からお前の島に向かう!」
「突然どうした?」
「何も変な事はするなよ!わかったな!」
ガチャっと勢いよく切れた電伝虫を見詰めながらカタクリは首を傾げた。
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少しだけヒロインはカタクリさんへの恐怖心が消えましたかね!
さてさて結婚する気満々なくせにヘタレなカタクリさんは想いを伝えることが出来るのか?(笑)
とりあえず折り返し地点です。