わたしはケーファ

その名はレム


あくる日、黒服は普段連れた薔薇色ではなく宇宙色を連れて、日本家屋の前に立っていた。思わず生唾を飲み込む。宇宙曰く“たいちょーのいえ”だとは言うが所謂ヤクザという職業の者の家だ、妙に緊張してしまう。つい先ほど、現在隣にいる少女を迎えに行った際に「シュティそんな恰好で暑そう!」と言われてしまったがどうにも、こういった場に来る時は軍服で無いと落ち着かぬ。幸いなことにこの天照、殊に西京都であればこの格好でも大して悪目立ちはしない気もする。

「……ねーねーシュティちゃんは入らないのー?」

やけに明るい声色で思考は現在へ戻ってくる、いけない。ネクタイをぐ、と締め直し彼女の後に続く。玄関で靴を脱ぐ、というのにも漸く慣れてきた、ブーツであるから脱ぐのに暫し時間はかかる物の大した労働ではない。玄関に腰かけさせてもらい靴を脱いでいれば後ろから足音、走り方やら板のきしみ具合からして恐らく三知の言っていた“きえきえ”という少女ではなかろうか。黙りこくって靴を脱いでいれば感じる視線に振りかえる、赤の瞳、短い黄緑の髪、嗚呼やはり三知から聞いていた彼女の情報と合致する。少々ばかり訝しげに此方を見つめる彼女に軽く頭を下げれば慌てたように会釈を返された、やはり天照人というのは礼儀正しいものなのか。……あ、いや彼女は確か“日本”とか言うところから来たんだったか?まあ、今はそんな事は置いておくとしよう。

「きえきえー!あのねー!このひとね、科学力の人だから、たいちょーたちぱわーあっぷ!なんだよー。」

……いやまあ、あながち間違ってはいない気はするが。“きえきえ”は余計よくわからない、という風に首をかしげる、まあ当たり前かつ当然の反応である、三知の方はと言えば相変わらずにこにこにこにこ、全宇宙ごと包んでしまえと言わんばかりの笑顔で“きえきえ”の手を握っている。とりあえず靴は脱ぎ終えたし玄関から中へ上がり彼女に一礼を。

「シュテファーニエ・ローゼンハイム、トメニア帝国軍人だ。……今回のNECTERへの突入作戦に協力させていただきたくてな。」

それだけ述べれば彼女はしばし目をパチクリさせながらこちらを見上げる。まあ身長差8cm程度だから大したあれではないけれど。目測で何となくわかると言うも案外、便利である。まあ右目だけはどうしてもぱっと見で機械とわかる様にするしかどうしようもないと言われた時はどうなるかとも思ったが慣れてしまえばいいものだ。

「あ、えっと……三知の知り合いさん、ですか。私は、」
「きえきえ!」
「……あ、うん、そうだけど……あ、えっとその、すみません。杜松野喜恵、です。」

よろしくお願いします、なんて言いながら短い髪を揺らし頭を下げる少女を見て思わず笑みがこぼれる、横の宇宙娘はきえきえはきえきえなのにー。だとか何とか口をとがらせているがまあ、いいとしよう。そっとその白い手を取れば口付ける……寸前で止めた、ああいけない、此処でこういう事をすると破廉恥だのなんだのと怒られるんだった。失礼、とだけ告げてその手を離せば喜恵は口をパクパクさせている、うん、なんだ、やはりこう奥ゆかしい女性は可愛らしい。……断わっておくが私は別にレズビアンというつもりはないし変態でもない、基本的に男として過ごすことの方が多かったと言うか、女であると言う事を忘れて過ごしていた故に、どうもこういう癖が抜けないだけである。横で三知がわー、なんて何とも気の抜ける声を上げていたのは無視をして、少女二人と共に奥へと向かう。
皆集まっていると言う場所の引き戸を引けば中にいた男性四人は一斉に振り返る、どう見ても部外者である女の顔を見れば一瞬妙な顔をしかけるも後ろから覗く二人の少女の顔を見ればすぐ、雰囲気は元通り。

「えへへー、たいちょー!助っ人つれてきたよ!」
「トメニア?の軍人さんだそうですよくみちょー。」

二人の少女の声が重なる、とりあえず改めて挨拶がてら名と所属を告げ勧められるままに室内へ入り腰を下ろした。

「で、トメニア帝国の軍人さんが何のご用事なのかしら。助っ人、なんてどういう風の吹きまわし?」

ゆるり、サングラスの向こうの赤が揺れている。恐らく男性であろう彼はゆるり、実に女性的な動作で此方を向いてそう声を出す。まあ至極真っ当な疑問だ、正しい疑問、実に当たり前だ。彼、というべきか彼女というべきかの横にいた青髪の青年もじい、と此方を見ている、声は一切発していないが彼女と同じ疑問をお持ちであろうことは聞かずともわかる。そしてさらにその向こう側にいた目の周りにあざのある男も、此方と三知と喜恵を交互に見て口を開く。

「確か、今回来る荷物ってトメニアからなんでしょ、ならなんで、国に忠誠誓って国のために死ぬって感じの軍人さんがこっちの味方を。」

思わずため息、否決して彼らの察しの悪さに呆れただとかそう言うわけではない、寧ろ此処で納得されてもそれこそそう言った能力者でない限り此方が訝しむ番となってしまう。そして縁側で外を眺めていた男は漸く此方を向く。片目に眼帯、三知からの話で聞いた限りの“たいちょー”というのはきっと彼だろう。そして先ほどの目にあざのある男は“ふくたいちょー”とやらで、青髪によく見れば首元に傷のある彼は何となく“みーちゃん”な気がする。そしてサングラスの彼女は“いったん”であろうか。そんな大分どうでもいい考察を一人繰り広げていれば例の“たいちょー”がじ、と此方を見てくるものだから。つい視線を返してしまった。癖の様なものだ。

「ま、三知が連れてきたっちゅーんじゃったらわしは文句は言わんが……組のもんに危害が及ばん限りじゃが。」

至極真っ当至極当たり前のことを口にする、ああよかった、彼はきっと“良い”組長、指導者であろう。部下を見殺しにする様な上司上官指導者など、私が一時といえども付き従いたいと思えぬのだから。

「ふむ、その点については安心していただこう。……私の予想が正しければ、NECTER側に付くより此方へ付いた方が国のためになると判断したまで、たとえ私の予想が外れていたとしても私のみが罰則を受けるのみで済むだろうし何より貴殿、そして此処の組員に余計な危害が加わると言う事態だけは何としてでも避けて見せる。武器の提供や作戦の提案も喜んで請け負わせていただく。椿組ではなく此方へ来たのはまあ、少々失礼な言い方にはなるが此方の方が目立たず行動できそうであるということと何より三知と私が顔なじみであるから戸を叩きやすかったと言う二点ゆえだ。他に、何かあるなら何でも聞いてくれ。」

じ、と向こうの片目の赤を見つめたまま淡々と言葉にする。沈黙、珍しく三知も目をパチクリさせて組員と此方を交互に静かに見つめている。

「ほーう、それだけわかりゃ十分じゃ、よろしく頼むぞローゼンハイム……少尉と呼ぶべきか?」

沈黙を破ったのは組長殿、嗚呼よかったと内心ほっと一息つきつつも一礼し感謝の言葉を述べる。その他面々も「組長がそう言うなら」と受け入れてくれたようで安心した。

「では、改めてよろしく頼む。……呼び方はまあ、好きにしてくれて構わない。」
「よーしじゃあシュティはシュティね!!みちさんきーめた!」

ああまたか、けれども何だか緊迫していた雰囲気はとろけて消えてしまった、小宇宙というのは恐ろしい。各々笑う様子を見ればどうもこう、心が温かくなると言うか何というか。思わず口元がゆるむ。ああいけないさっさと作戦会議に移らなくては。

「…ごほん、それでは今のところの作戦を教えていただけると助かる。」

──そうしてこうして作戦会議も終了した、これで後は各々の準備と当日を待つのみか、いやしかしおいていくのが不安だからと喜恵まで連れていくのは危なくないのか、と進言しつつも喜恵なら大丈夫だと彼らは言うのだからきっと大丈夫なのだろう。三知もいざとなったらきえきえはまもるーだなんて。しかもまず潜入するのに変装するはいいとしても少女二人を段ボールに入れていくとはこれまたぶっ飛んだ考えだ、実に、実に、そう面白い!

「ああ、もしもし。フィーネか?ああ、そうだ私だ。……うん、後ほど送るデータの物の複製をだな─」

職員パス、とやらは数が限られるらしい、一応私の分は本国のそう言ったものが専門の者に頼むこととして。後は当日を、待つのみだ。
彼らの居住を後にして向かうはあの喫茶店、さあはやく、薔薇の乙女を迎えに行かなくては。

Title by トリステーザ、死す
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