ねおさん

「良い?」

指きりげんまん、だからね。
小指がぎゅっと絡んだ。なまえちゃんの言葉遣いが、普段のそれより幾分も子供っぽさを含んでいる理由としては、いま興じている遊びが関係していると言い切ることができる。俺は彼女の瞳のおくに、波のゆらめきのような、太陽のひかりを吸い込んだ水面が、きんいろの糸のようにちらちらと輝いているのを感じていた。繊細なそれらの正体を知りたくてじっと覗き込んでみる。

だけれど真実としては、ちょっぴり黒目を大きくしたなまえちゃんの水晶体に、俺の風に遊ばれている髪がすいこまれて映っているだけだった。なんだ、俺の髪か、と思った。ちょっとがっかり。別に綺麗でもなんでもない。だって、俺の髪だし。落雷にクロを飛ばされた、俺の。

「善逸はここから動かないで。この缶はぜったいに守ってね」

なまえちゃんは、俺の足元にしっかりとミカンの缶詰が直立していることを確認した。隊服のそでをめいっぱい捲り上げて、細すぎる腕をちょっと馬鹿みたいなふうに掲げて意気込んでいる。数秒前まで自身と絡んでいたこゆびの皮膚とは全く違った質感の肌は、間違いなく境目などなく繋がっている、同じなまえちゃんのものだ。

炭治郎と伊之助とおれとなまえちゃんの、缶蹴り遊び。一番はしゃいでいるのは伊之助じゃなくて、実は彼女、…でもない。今回に限っては俺だ。たぶん。だって、いつも守られてばかりの俺が、なんと今回ばかりは守る側を頼まれているのだ。遊びだけど。うん、もちろん、遊びなんだけど。普段俺の一歩前で刀を振るってくれている彼女のそれとは、比べ物にならないくらい幼稚だけど。守るものは、缶だけど。

なまえちゃんは指切りも誓いもとっくに済ませたのに、雑木林の中にちらばった二人を探しに出る気配はない。

「…行かないの?」
「まだ」
「ていうかさ、オレ、今思ったんだけど」
「ん」
「四人しか参加してないのに二人ずつに分かれるのおかしくない?思いっきり缶に張り付いている俺が居たら、流石に蹴りに来れないんじゃない?」
「…………」
「あの、聞いてる?なまえちゃん」
「……まあ、伊之助は地面の中からやってくるかもしれないし」
「地面!?」
「彼に常識が通用すると思うな」
「地面は、ないでしょ…流石に、じめんは…」
「そうかな」

なまえちゃんは背中で腕を組んで、かたほうの口角だけをちょっぴり持ち上げて笑った。やっぱり、ふたりを探しに行く気配はないみたいだった。袖が捲られた腕には、さっきよりも確かな暖色がぬりこまれていた。日が落ちてきたからだ。流れていた風も今は落ち着きをもって、なまえちゃんの毛先は真直ぐに肩に降りている。夕日の強い光にとかされて、ほとんど透明のようになったクロの髪が、きんいろに照っている。

「もう、飽きちゃったんじゃない」
「え」
「炭治郎たち。私らが追いかけてこないから」
「…なまえちゃんが追いかける役だったんじゃないの」
「だから、伊之助が地面から突撃してくるのに備えてたじゃん」
「…何言ってるか全然分かんないんだけど」
「あんまりよそ見してると缶、蹴られちゃうよ」
「いやだって、もう、誰も向かってこないでしょこの状況…」
「そうかな」
「そうかなって…、俺ら以外の気配の音、全く聞こえないよ、本当に飽きてドングリでも拾いに行ったんじゃないの?」
「そうだといいよね」
「エ」
「でも念のためにもうすこし続けてよっか」

なまえちゃんはとうとう、缶の横に座り込んでしまった。ミカンの缶のラベルは、そらに浮かんでいる夕日よりもっと力強くて、はっきりと濃くて、丸かった。




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