狼火

その日煉獄が足を踏み入れたのは、街の外れに建つ小さな洋館だった。
小さな、と言っても、ここに来るまでの間に目にしてきた日本家屋よりはずっとずっと大きい。白い煉瓦の二階建て、煙突とバルコニーまで付いたその家は、月明かりの下というのも相まって、まるで弟の絵本に出てくる異国の城のように男の目に映った。


北北東ノ洋館ニ、人喰イ鬼ノ噂アリ――!

鎹鴉の言葉を手掛かりに、山を超え谷を超え、情報収集を重ねてついに見つけたのが、この無人の洋館だった。
いつ頃から無人なのかは分からない。今は街の不動産会社が管理しており、中には誰も入れないという。

緩やかなアーチを描くハイカラな鉄格子に触れれば、本来ならびくともしないはずのそれは拍子抜けするほど簡単に空いてしまった。
不動産屋が鍵を掛け忘れたか。それとも街の子供たちが悪戯でこじ開けたか。

「......もしくは誰かが入ってくるのを待っているのか」

煉獄は小さく独りごちながら、同じく煉瓦造りのポーチへと足を進める。
白いペンキで塗られた木彫りの扉。錆の浮いたドアノブに手を掛けた瞬間、男の耳が小さな物音を拾った。

時折プツプツと途切れる、ざらついた旋律。――それが蓄音機の音だと気付くのに、そう時間はかからなかった。

ドアを開けば、旋律はより大きくなる。まるで訪問者を奥へ奥へと誘うような甘い女性の声音に、煉獄はいつでも抜刀できるよう刀に手を掛けて中へと足を進めた。

中央の大階段を登っていけば、音はもうすぐそこだ。瞬き一つせずドアを開ければ、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。

部屋中がぬいぐるみだらけなのである。

くま、うさぎ、ねこ。動物を模した物から、人の形をした物まで。様々な形のぬいぐるみが部屋中に所狭しと並べられていた。

そしてその中央、ぬいぐるみの山に埋もれるように倒れている、一人の少女。

「大丈夫か?!」

すぐさま煉獄が掛けよれば、少女は小さく呻く。この少女から鬼の気配はしない。上等な着物を来たその腕からぽろり、なにか柔らかな物が転がり、煉獄の膝にぶつかった。
首に赤いリボンを巻いた、小さな虎のぬいぐるみ。

(とにかく彼女をこの異様な空間から出してやらねば...!)

そう判断し、煉獄が少女を横抱きにした時だ。少女がうっすらと目を開き、弱々しく天井を指さした。

「――う、え...」


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