狼火

「どっちが先にお風呂入る?」

そう聞いてきた恋人に、義勇は「どっちでもいい」と答えた。自分が先だろうが後だろうが、本当にどちらでも良い。だからそう答えたのだが、どうやら彼女...−なまえはその答えでは不満だったらしい。
途端に部屋の空気がひりつき、義勇の背中をぞくりと冷たいものが走る。恐る恐る振り返れば、そこには鬼のように恐ろしい顔をしたなまえが立っていた。両手には湯気を立てるマグカップを抱えている。

「...どっちでもいい、かぁ」

ぼそり。なまえの唇から零れた言葉は、確かな怒りを孕んでいる。ふわふわのスリッパを履いた足がぺたぺたと近付いてきて、−ゴツン!目の前のローテーブルに勢い良くマグカップが置かれた。カップの中、まるで彼女の怒りを可視化したかのように真っ黒なコーヒーが大きく波打つ。
なまえは怒っている。しかし、その怒りをどうしたらいいのか、義勇には全く分からない。

「...「ご飯は何が食べたい?」って聞けば「なんでもいい」。「明日何処行きたい?」って聞けば「何処でもいい」。「どっちが先にお風呂入る?」まで「どっちでもいい」...」

「......なまえ」

「...なんか、ちょっと疲れたかも」

やっぱり私が先に入るね。そう言ってなまえはバスルームへと消えていく。どうしたらいいのだろう。とりあえず目の前のマグカップに口をつけた義勇に、「義勇ー!!!」と大きな声がバスルームから飛んできた。
慌ててバスルームへと駆けつければ、にわかに顔面を白いものが覆う。なまえの投げたバスタオルだ。わけが分からないままタオルを手に取れば、そこには下着姿のなまえが仁王立ちで立っている。

「こういう時はすぐ追いかけてくるの!ほんっと気が利かないんだから!」

「...風呂に入ると言うから」

「たとえお風呂でも!追っかけてくるの!」

そう叫ぶなまえに、義勇は「すまない」と言う。どうしてなまえが怒っているかは分からないが、自分が気の利かない男である自覚はあった。頭を下げる義勇に、なまえは「もー!」とぷんぷん怒りながらブラジャーのホックを外す。

「もう義勇のせいで疲れたから背中流して!」

「...? なんでそうなる?」

なまえからの突然の申し出に、義勇はタオルを持ったまま暫し逡巡する。恋人同士肌を重ねることもあるが、二人で風呂に入ったことはまだ無かった。

「なんでも!ほら早く!風邪ひいちゃうじゃない!」

そう叫ぶなまえに、義勇はいそいそと着ていたセーターに手を掛ける。ジーンズ、靴下、ボクサーパンツと次々に服を脱ぎながら、先に磨りガラスの向こうへと消えた彼女の事を思った。

...背中を流す以上の事をしたら、彼女はまた怒るだろうか。

そんな事を考えながら、義勇は湯気の立つバスルームへと足を踏み入れた。


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