ふふさん

「……」

なんと言っていいか分からず、開いた口から言葉を発す事ができなかった。

「口、開いてるよ」
「…あぁ」

なまえは白い首を傾げて不思議そうに丸い目を瞬いた。

最終選抜からの付き合いのなまえは、義勇にとっては唯一任務外でも顔を合わせることのある同期だ。

言葉数の少ない自分の様な男と一緒にいても面白くないだろうと思うのに、彼女は何はなくとも義勇のところにやってくるのだった。彼女も特段口数が多い方ではないが、自分よりは周りとうまくやれているというのに、どうしてわざわざ自分を構うのだろうかと最初は怪訝に思っていた。だがそれも一年二年と時が経つと、なまえがふらりとやって来て隣にいることも日常になっていた。

甘味を買って来たと、義勇の屋敷の縁側に座ったなまえの首筋を風が撫でる。襟足の短い毛はそよりとも動かなかった。
なまえに言われて淹れた茶を二人の間に置いて、薄紙の包みを開く。黄、青、白と色づいた小さな星が溢れるほど詰まっていた。

「この金平糖すきなんだ」

ひょいと伸びて来た小さな指が一つ抓んで、その指と同じように小さな唇に放り込む。同じ様に小さな白い星を抓んで口に入れるとしゃりと音を立てて形を失くした。

甘い飴を食べながら、なまえの横顔を眺める。前回彼女に会ったのは、つい四、五日前ではなかっただろうか。その時にはまだその背には、流れる様な黒髪があったはず。

長い髪以外はどこも変わっていないはずなのに、なまえは知らない人間の様で、どこか声を掛けるのが憚られる神聖さのような、それでいて手負いの獣のような気配がした。

「甘いな」
「お砂糖だもの。でもここのは他よりも美味しい気がする」

また一つ星を抓んだなまえは、そう思わないか、とこちらに顔を向ける。髪と同じ黒い瞳と目が合うと、さっき感じたような違和感はなかった。

なまえの髪は綺麗だった。艶々として、黒い隊服よりも一等黒いその髪が、風に揺れる姿をぼんやりとこの縁側で見るのが、好きだったのだ。一度もその髪に触れたことはなかったが、きっと柔らかく、指通りが良いだろう。
自分の髪とは全く違う物質で出来ているかの様なそれを、撫でてみたかったのかもしれないと、不意に思う。


「髪、切られたのか」

言うか、言うまいか、迷いながら口にすれば、なまえは今日初めて笑顔を見せた。

「似合う?」

短くなった髪を抓んで頬の方へ引っ張ったなまえは、ドジったの、と肩を竦めた。耳にぎりぎりかかるくらいの長さの髪は、以前の艶々とした黒さはそのままに、以前は見えなかったその眩しいほどに白い首を晒していた。小さな作りの輪郭や、薄い耳朶の形がはっきりと見えるようになり、髪は短くなっても、なまえが異性である事をよりはっきりと示している様に思われた。

「似合っている」

驚きはしたが、髪が長くとも短くとも、なまえは異性であり、義勇とは違う生き物だ。小さく、柔らかそうで、触ると壊れそうで、自分からは触れない物だ。
軽やかな髪がなまえが首を動かすとさらりと動く様をじっと見つめていると、庭に視線を戻した彼女はまた一つその口に甘い星を放り込んだ。

「男の子みたい?」
「いや」

愛らしい、と続けて口から出そうになり、音になる前に口を閉ざす。

ふわりとまた風が抜ける。その背に流れていた髪はもう靡くことはなかったが、さらりとした前髪が風に翻る。柔らかそうなその髪に、ゆっくりと手を伸ばす。

迷うようにたどり着いた指先を掠める髪は、思った通りとても柔らかかった。

「普通、長い髪に触ってくれるものじゃないの?」

なまえは短い襟足を隠すように、首を竦めた。


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