いっとう柔らかな金と銀の結び目

※SS「この恋、甘さ控えめでお送りします」の続き

“すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない”
日本国憲法第15条2項の一文である。

教師なんて仕事をしていると日々接するのは生徒、つまり自分より年下の子どもばかりになってしまうが、実の所これはあまり宜しくない。公務員として働く以上、子どもだけでなく大人、さらには国民全体の利益を追求する。そういった姿勢が、俺たち教師には日々求められている。
黒板の前で授業をするだけが仕事ではない。自分の時間と能力を、世のため人のために惜しみなく提供する。公務員というのは、本来そういう仕事なのである。

というわけで、たとえ貴重な休日の、それも朝っぱらから地域のゴミ拾いを強制されたとしても、俺は甘んじてそれを受け入れる。(ただし、この事を伝え忘れていた担当・冨岡は死ぬ程シメた)
学校という施設の特性上、地域住民との協力・交流は何より大切な事だ。活動に参加した生徒は内申書の良いネタになるし、学校としても「ウチは奉仕活動にも力を入れている良い学校ですよ〜」という宣伝になる。
ただでさえ、一部生徒のおかげで「キメ学の生徒は荒っぽい」と言われる事も多いのだ。日頃の汚名を返上するためにも、今回のゴミ拾いは絶好のチャンスだった。
......だというのに、だ。


「きめつ庵ってあそこだろ?あの角曲がった所にある老舗の和菓子屋。美味いよなぁ。どら焼きだの大福だの、嫁たちがしょっちゅう買ってくるぜ」

「え?あ、ありがとうございます...?」

街路樹の脇に捨てられた空き缶を拾っていると、何処からかそんな会話が聞こえてきた。口調からして、話しているのはウチの美術教師だろう。既に三人も嫁がいるくせにまだ女を口説く元気があるとは、色んな意味で恐れ入る。
馴れ馴れしい態度に戸惑っているのだろう、明らかに引いている相手の女性には見覚えがある。

きめつ庵。俺もよく行く和菓子屋の店員だ。父が職人で娘が売り子をしている小さな店。レジが故障して動かなくなった時、簡単な暗算を披露した事もあった。
プラスチック製のトングで優しくおはぎを掴み上げる彼女。和菓子屋という事も関係あるのだろう、所作の一つ一つが丁寧で、素朴ななかに何処か品を感じる。そんな彼女が、レジの故障であからさまにオロオロしたのがなんとも可笑しくて。定期的に通ってはおはぎや饅頭を買い求めてしまうのだ。
ネームプレートに書かれていた名前は、確か、

「俺様は宇髄。宇髄天元。キメ学で美術を担当している祭りの神だ」

「...? みょうじなまえと申します。これからもどうかご贔屓に...」

そう、みょうじなまえ。
彼女の下の名前まで知ることが出来て嬉しいものの、そのきっかけを作ったのが宇髄である事に腹が立つ。

普段は後ろで一纏めにされている彼女の髪が、今日はゆったりと下ろされて秋の風に揺れている。店の制服でない、私服姿の彼女を見るのはなんだか新鮮な気持ちだった。
軍手にビニール袋を持っている所を見ると、彼女も今回のゴミ拾いに参加しているのだろう。そう言えば「ゴミ拾い終了後、参加者には労いの菓子が振る舞われる」と冨岡のクソ野郎が言っていた。
もしや彼女の店の菓子なのだろうか。だとしたら、それはとても楽しみだ。

そんな事を考えていると、話をしている二人の方に人が集まってきた。地域でも美味いと評判の老舗和菓子店だ、さぞかし知り合いも多い事だろう。
そう思っていたのに、寄ってきた面子を見てぎょっとする。

「君は和菓子屋の娘さんなのか!俺はさつまいもが好きなのだが、芋を使った菓子は置いているだろうか!?」

「え?あ、その、」

「なぜ桜餅と三色団子は期間限定なんだ?通年販売するのなら近所のよしみで買ってやってもいい」

「えっと、それは...」

宇髄に続き彼女に話しかけたのは、なんと煉獄と伊黒だった。ただでさえ身体がデカくて威圧感がある宇髄に、声がデカい煉獄、さらには態度のデカい伊黒に囲まれれば、大抵の女性は恐怖を感じるだろう。煉獄は相変わらず芋の事しか頭にないし、伊黒に至ってはただのクレーマーだ。頼むから俺の馴染みの店に迷惑をかけないで欲しい。

「ひぇ、えっと、今でしたらさつまいもの金鍔が...。あと、桜餅と三色団子は桜の季節限定でして、申し訳ありません」

オロオロとした様子でそう言った彼女に、馬鹿三人はさらに詰め寄る。どうやら自分達のせいで彼女が困っているとは夢にも思っていないようだ。

「お上品な和菓子もいいけどよォ、食べる時にもっとこう、ワッと驚くような派手なのも欲しいよなぁ!なんなら俺がデザインしてやろうか?」

「金鍔か!聞いたことはあるがイメージが思い浮かばん!それはどんな菓子なのだろうか!?」

「そうは言っても材料はあるのだろう?来週の土曜にそれぞれ10個...、いや、20個ずつ頼みたい」

馬鹿共の言葉に、え、あ、うぅ、と彼女が声にならない悲鳴をあげる。ビニール袋を握りしめた指が微かに震えているのを見て、ぷつん、頭の中で何かが切れる音がした。

「いい加減にしろこのクソ共がぁ!!!」

そう叫ぶと同時に、俺は男達の背中をバン!バン!バン!と叩く。背後からの突然の襲撃に、三人は「うぉっ!」「むっ!?」「ッ...!」とそれぞれ半歩前につんのめった。
驚いた様子の彼女に“あっち行っとけ”と目配せすれば、彼女はあっという顔をしてこくりと頷く。そろりそろりとその場を後にする彼女を隠すように、俺は男達の前に立ちはだかった。

「いってーな...ンだよ不死川!急に後ろから叩いてきやがって!」

「やかましい!テメェ等がそんなんじゃ地域の皆様に申し訳が立たねェだろうがァ!教師ならもっと率先して動けクソがァ!」

「それにしたって暴力は良くないぞ!地域住民に要らぬ誤解を与えたらどうする!」

「全くだ。こんな粗暴な奴が同僚とは...まるでヤクザだな」

「うるせェエ!四の五の言わずにちゃっちゃと働けェ!」

ぶんぶんとゴミ袋を振り回すと、男達は文句を言いながらもそれぞれの持ち場へと戻って行く。まったく子どもより手の掛かる奴等だと溜息を吐けば、近くでゴミを拾っていた住民がヒソヒソとこちらを見ている事に気付いた。慌てて腕を下ろしたが、もう後の祭りだろう。せっかく汚名返上のチャンスだったというのに。

「......チッ」

苦し紛れに舌打ちし、足元に落ちていた煙草の吸殻をビニール袋に放る。真っ赤になった耳に掛かる銀色の髪を、秋の風がそよそよと揺らした。





「先程はありがとうございました」

拾ったゴミを一箇所に集めていると、スっと目の前にプラスチックのパックが差し出された。中にはたっぷりと蜜の掛かったみたらし団子が三本。陽の光を浴びて金色に光るそれから視線をあげれば、そこには先程助けた彼女の姿があった。

「...そっちが謝る必要はねェよ」

軍手を外しながら立ち上がれば、思いのほか立ち位置が近くてぎょっとする。店で顔を合わせる時、彼女との間にはいつも和菓子の並ぶガラスケースがあった。
今日は客と店員では無い。勿論、それ以上でもそれ以下でもないが、今はただその事実がむず痒く感じる。
動揺している事がバレないよう団子を受け取れば、彼女...−なまえがふわりと微笑んだ。その顔がいつもより幾分か柔らかく感じて、ガシガシと頭を掻く。

「...むしろ悪かったのはこっちの方だ。あの馬鹿共にはよく言って聞かせるからよォ」

許してやってくれ、と口にすれば、彼女はふるふると首を振る。

「いえ、私も接客業なのに上手く返せなくて...。同じ学校の先生だったんですよね?同僚さんに失礼な態度をとってしまってすみませんでした」

「いーんだよ、あんな奴ら適当で。まともに接するとこっちが疲れるだけだ」

「でも、」

「マジで気にすんなって。変に気に入られちまった日にゃあ、マジで店中の菓子が無くなるぞ」

「えっ、そうなんですか?」

「あァ」

しばらく逡巡したものの、なまえは俺の忠告に「わかりました」と小さく頷いた。その反応にこちらもホッと胸を撫で下ろす。店としては売上が上がって良いのかもしれないが、アイツ等...特に煉獄なんかが店に行ってしまった日には、冗談でなくガラスケースが空になるだろう。
そんな事があってたまるか。

「では、私はこれで。またお店でお待ちしてますね」

「あぁ、団子ありがとなァ」

そう短く返せば、一度背を向けた彼女が「あっ」とこちらを振り返る。

「すみません、お名前を伺ってもいいですか?せっかくいつも来てくださっているので」

「...しなずがわ。不死の川、と書いて不死川だ」

「不死川先生、ですね」

本来彼女に先生と呼ばれる筋合いはなのだが、その響きがなんだか心地良いので黙っておく。手を振って去っていく彼女を見送っていると「なーんだ、そう言う事かよ」といつの間にか後ろにいた宇髄が肩を組んできた。

「はァ?なんの事だァ」

クソ重い腕を引き剥がそうと藻掻くと、何処から湧き出たのか、なんと煉獄と伊黒まで現れた。どいつもこいつもニヤニヤと笑みを浮かべていて、気色悪い事この上ない。

「不死川はああいう女性がタイプなのか!優しそうな人だったな!好感が持てる!」

「好きな女口説かれて慌てるなんて、お前も派手に可愛い所あるじゃねーか!早く言えばいいのによぉ!」

「甘露寺にやろうと思っていたが、そういう事なら俺の団子もお前にやろう。精々感謝して食べるがいい」

「俺も!」「俺のもやろう!」と次々と差し出された団子に、俺の脳内では再びぷつん、と何かが切れる音がする。

「......どうやら余程死にてェらしい」

ボキボキと指の骨を鳴らせば、「そんなに照れんなよ!」「俺は応援するぞ!」「まぁ、頑張る事だな」と男達は笑う。ポケットから取り出したハンカチで丁寧にパックを包み、そっとその場に置いた。

「お望み通り、全員まとめて海に沈めてやらァ...!!!」

どこまでも高く青い空に、ドスのきいた声が響く。
この馬鹿共の息の根を止めたら、彼女がくれた団子を有難く頂くとしよう。
そしてまた、彼女に会いに行くのだ。

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