宣誓

夏休みが終わると、教室の空気は一気に受験モードへと切り替わっていた。

「オープンキャンパス何ヶ所行った?」「A大って偏差値どのくらい?」という会話がそこかしこから聞こえ、登校するなり「降谷、この問題教えて」と参考書を抱えたクラスメイトに囲まれる。数人のクラスメイトに数学の問題を解説していると、ギターを背負った景光がにこにこ顔で登校してきた。

「ゼロ〜!俺にも教えてくれ〜!」
「...ヒロ、お前まさか、」

景光の無邪気な笑顔に、零の脳裏を嫌な予感が駆け巡る。

「いや〜、やっぱり夏休みともなるとギターの練習が捗るな!ってことで課題見せて」
「絶対嫌だ」

零の言葉に「頼むよ〜!」と景光が悲鳴をあげる。

「補習の度にメール送ってやったろ?ギターだって教えてやったろ?ギブアンドテイクじゃないか」
「それとこれとは話が別だ。課題は自分でやらなきゃ意味がないだろう」
「二人で警察官になろうって約束したのを忘れたのか?!俺が一人だけ落ちこぼれたらどうするんだよ」
「その時は僕だけ上に行くだけだ」

この鬼!という景光の言葉をスルーし、問題の解説に戻る。一緒にギターの練習をした時間を差し引いても、学習時間は十分にあったはずだ。

「おぉーい、席つけぇー」

HR開始を告げるチャイムが鳴り、真っ黒に日焼けした杉本が教室に入ってくる。その後ろ、透けるように白い肌の彼女も、続いて姿を現した。


約二ヶ月ぶりの再開に、零は思わず身構えた。彼女の一挙手一投足に目を凝らす。
この夏休みで少しだけ髪が伸びただろうか。相変わらず綺麗な人だった。

目が合えばにこりと微笑まれ、逸らされなかった事に逆にドギマギしてしまう。彼女は手紙を読んでくれただろうか。これが大人の余裕というものなのだろうか。子供扱いされているようで、途端に目の前の彼女が憎らしくなる。

「受験はもう始まってるからな!気を抜かず、誠心誠意勉強に励むように!」

杉本の言葉に、生徒達から「はぁ〜い」とぼやけた声が上がる。夏休みの課題を提出し、明日から始まる授業の説明があってHRはお開きとなった。



「降谷くん」

相変わらずぺしゃんこの鞄を掴めば、ざわつく教室に大好きな声が響く。決して大きな声ではない。しかし、凛とした声はしっかりと零の鼓膜を揺らした。久しぶりのその声をもう一度聞きたくて、わざと聞こえない振りをする。

「降谷くん」
「...はい」

先ほどと同じトーンで再び名前を呼ばれ、零はやっと返事をした。彼女の細い指先がちょいちょいと動き、零を呼ぶ。教室を出る彼女の後に続き、零も教室を出た。

たどり着いた場所は予想通り、国語科準備室だった。相変わらず古い紙の匂いが籠った、薄暗い部屋だ。あの日と違うのは二人の関係だけ。

「...−まだ、嵐は続いているの?」

ぽつりと呟かれた彼女の言葉に、零は小さく頷く。四月、その姿を一目見たあの時から、あの薄紅混じりの強風が止んだ事はなかった。

「...降谷くんは、きっとこれからもっと素敵な人に沢山出会うよ」

彼女がまたぽつりと言う。それは、幾重にもオブラートに包まれたNOだった。期待していた言葉を貰えず、零は歯噛みする。薄い唇を歪め、彼女に問いかけた。

「なにが駄目なんですか?」
「...降谷くん」
「たとえどんなに素敵な人が現れても、貴女以上に好きになる事はありません。これが最初で最後の恋だと、はっきりわかります」

彼女の目を真っ直ぐに見つめ、零は言う。心の底からそう思っていた。しかし、彼女の反応は鈍く、眉を寄せて口を開く。

「...初恋は皆、そんなふうに思うものなんだよ。両思いになったり失恋したり、そうやって色んな人を好きになって、少しずつ大人になっていくの」
「僕が年下だから駄目なんですか?生徒で、まだ子供だから?」
「降谷くん、話を」
「だったらここで誓います!」

彼女の言葉を遮り、零は口を開く。

「この先もずっと、僕は貴女の事を好きでい続ける。他の人に目移りなんかしない。ずっとずっと貴女だけです」
「そんな、今だけだよ。絶対にもっと」
「違う。今の僕が貴女に相応しくないのなら、いつか貴女に相応しい男になって迎えに行きますから!」
「.....」

失礼します。呆然と立ちすくむ彼女を残し、今度は零が先に部屋を出た。

(宣誓...自分の誠意を示すため、誓いの言葉を述べること)
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