占星

木々を彩る淡い色の花弁が、風に乗ってひらひらと舞っている。

ひらひら、ひらひら。

音もなく地面に降り積もるそれは、まるで溶けない雪のようだ。ただし、感じるのは凍えるような寒さではなく、あたたかな春の訪れである。
柔らかな木漏れ日。溶けない雪を踏みしめながら、零はただひたすらにその長い脚を前へと進めた。
 
校門を抜け、玄関脇に張り出されたクラス表を流し見る。わぁわぁと自分の名前を探す新入生の横をすり抜け、埃っぽい下駄箱に脱いだローファーを突っ込んだ。上履きをつっかけ、重い身体を引き摺るように階段を上がる。三年生の教室は、三階建て校舎の三階だ。


新しい教室には、もうほとんどのクラスメイトが集まっているようだ。
「よぉ、降谷」と手を挙げる友人に、こちらも「あぁ」と手を挙げて応える。ぺしゃんこの鞄を机の横に掛け、軋む椅子に身体を預けた。

進級おめでとう!めざせ、第一志望合格!

席に着くと同時に、色とりどりのチョークで描かれた黒板の文字が目に飛び込んでくる。きっと担任が書いたものだろう。余計なお世話だ、という言葉をどうにか飲み込んだ。警察官になるという自身の目標達成に、他人の応援は不要である。
 
二つ隣の席では、数人の女子生徒がファッション雑誌を開いてはしゃいでいた。他人のコーディネートを見る事の何がそんなに楽しいのだろう。理解出来ないまま、かと言って他にやるべき事も見つけられず、ぼんやりと姦しい集団を見つめる。

「ねぇ、占いのページ見せて」
「いいよ。えっと、今週の運勢は〜」

ショッキングピンクの爪が、器用に巻末の占いのコーナーを捲る。受験生という自覚など無いに等しい、まるで人でも殺せそうな爪だった。てらてらと光るグロスを乗せた唇が、文章を読み上げる。

「牡羊座のあなた。新しい出会いの季節!気持ちよくスタートするために、身の回りの古いモノは捨てましょう。プチ断捨離で身も心もすっきり☆ラッキーアイテムは黄色のポーチ」
「あ〜、こないだ彼氏と別れたばっかだわ。貰った指輪とか、捨てる代わりに売っちゃダメかなぁ」
「ヤバ、ウケる」
「売っちゃえ売っちゃえ」

下品な笑い声を上げながら、彼女たちは次々と星座ごとの運勢を発表していく。零は小さく溜息を吐き、頬杖をついて窓の外に目を向けた。
 

零にとって、占いなんてものは他人のコーディネート以上にどうでもいいことだった。
新しい出会いの季節?
断捨離ですっきり?
新年度で環境が変わればそれまで面識のなかった人と顔を合わせる事もあるだろうし、不要な物を捨てれば気が晴れるのは当たり前だろう。誰にでも当てはまる事を有難がるなんて愚の骨頂だと思う。
 
開け放たれた窓からは、春らしい柔らかな光が差し込んでいる。色素の薄い髪を春風に揺らしながら、零は自身も通ってきた通学路を眺めた。
川沿いの桜並木の下に見覚えのある姿を見つけ、思わず顔を顰める。ギターケースを背負った友人が息も絶え絶えに校門に走り込んでくるのを、零は見なかった事にした。 
予鈴が鳴り、他の生徒がじゃれあいながら席に着くあいだも、彼女たちは星占いを読み上げている。

「獅子座のあなた。まるで春の嵐のような激しい恋の予感!慣れない出来事の連続は苦しい時もありますが、新しい自分を発見できるチャンスかもしれません☆ラッキーアイテムは白いコサージュ」
「嵐のように激しい恋したい〜!」

名も知らぬ彼女達の言葉に、思わずハッと吐き捨てる。7月31日生まれの零は獅子座だ。
なにが激しい恋だ。馬鹿らしい。
そう思った時だった。
 

ぶわり。風を孕んだカーテンが大きく膨らみ、零の視界を遮った。びゅうびゅうという音と共にミルクティー色の髪が激しくなびき、窓から吹き込んだ花吹雪に思わず目を瞑る。
ペンが床に落ちる音、雑誌が捲れる音、「窓、閉めて!」と誰かが叫ぶ声がした。

窓際の生徒が、慌てて窓を閉める。風がやみ、ガラリと教室の引き戸が開く音が聞こえて、零はゆっくりと目を開いた。
教室に入ってきたのは、昨年も担任だった体育科の男性教諭・杉本。そして、杉本に続いて現れたのは、見慣れぬ顔の若い女性だった。

ドクン、
 
その女性を目にした瞬間、音をたてて心臓が高鳴り、零は思わず胸を押さえた。何故だろう。これまでに感じたことがないほど、胸が苦しい。

「これから始業式だ。出席番号順に廊下に並べー」

担任の声に、生徒たちがざわざわと動き出す。先ほどの突風が運んできたのだろう、学ランの肩口からひらり、淡い色の花びらが傷だらけの机に舞い落ちた。
 
名も知らぬ女性。そのグレーのスーツの胸元に、白い花のコサージュが小さく揺れた。
 
 
(占星…天体の動きを生活に結び付けて行う占い。占星術、占星学、ホロスコープ)
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