「炭治郎くん、そっちはどう?」

出来たての煮物を皿に移しながら、市松模様の背中に声を掛ける。勝手口から「いい感じです!あと少しです!」ととても真面目な返事が返ってきて、思わずくすりと笑みが零れた。
七輪の前にしゃがみ込んだ少年は、真剣な眼差しで火加減を調節する。網に乗せた魚の皮が、団扇で扇ぐ度にぱちぱちと爆ぜた。


今日は節分。
季節の変わり目を示すこの日は、明日から春である事を告げると同時に、鬼殺隊にとってとても大切な日だ。
なにせ“鬼を祓う”日である。昔からの伝統にあやかろうと、産屋敷のあちこちで着々と節分の準備が進められていた。

力のある者は大広間に机や座布団を運び、料理が得意な者は厨で腕を振るう。蝶屋敷の皆さんが恵方巻きとお吸い物を作るということで、私はその他の料理を担当する事になった。

しかし、鬼殺隊もなかなかの大所帯だ。一人で百人近い隊員の料理を作れるか困っていた所、炭治郎くんが「良ければ俺が手伝いましょうか?」と立候補してくれた。なんでも、隊員になる前はよく家で料理をしていたという。

「なまえさん!鰯焼けました!」
「ありがとう!魚ってちょっと目を離すとすぐ焦げちゃうから、炭治郎くんが見てくれてすごく助かる。美味しそうに焼けたね!」
「よかった!火加減には自信があるんです!」

嬉しそうに胸を張る炭治郎くんに、こちらも笑みを返す。「なまえさんが作った料理も美味しそうですね!」と言われ、小さな取り皿に煮物を乗せて差し出した。

「筑前煮、ちょっと味が薄いかなって...。味見してくれるかな?」
「はい!...あっ、いや!やっぱり俺は遠慮します!」
「え?」

小皿に伸ばしかけた腕を、炭治郎くんがすぐに引っ込める。不思議に思っていると足音が聞こえ、戸口から見慣れた人物が顔を出した。
燃え立つ紅葉のような髪が揺れる。煉獄さんだ。

「二人とも料理はどうだ...お!味見か?それなら俺も手伝えるぞ!」

どうやら炭治郎くんは、持ち前の鼻の良さで煉獄さんが来るのを察知していたらしい。食いしん坊な炎柱の物言いに、二人で顔を見合わせて笑った。





大広間に色とりどりの料理が運び込まれ、隊員がそれぞれ着席する。普段こんなにも大人数が集まることは少ないため、なかなか壮観な眺めだった。
暫くすると廊下から衣擦れの音が聞こえ、全員が口を閉じて頭を下げる。すうっと障子が開かれ、お館様と奥方様がお見えになった。
お館様の手には、青々しい棘の柊が握られている。二人は文字通り支え合うように、上座にゆっくりと腰を下ろした。

「今年も、この日がやって来たね」

優しく、全てを包み込むような深い声が、波紋のように大広間に響く。

「皆に会えるのが楽しみで、この日を指折り数えたよ」
「御館様におかれましても、ご壮健で何よりです。今日という良き日を共に迎える喜び、隊員一同、恐悦至極に存じます」
「ありがとう、無一郎」

無一郎くんの挨拶に、お館様がにっこりと微笑む。相変わらず顔の半分が紫に爛れているが、今日はいつもより幾分か体調が良いようだ。なかなかお目通りの機会がないため、たまにお顔を拝見できるとほっとする。

「今日は節分。古より鬼を祓い、福を招き入れる日だ。日頃の疲れを癒し、大いに英気を養って欲しい。敵を討ち果たすその日まで、どうか皆の力をかしておくれ」
「はっ!!」

隊員全員の声が一つに重なる。お館様は嬉しそうに目を細めた。

「では、料理があたたかいうちに頂こう。皆も存分に食べ、飲んでおくれ。今日は無礼講だ」

お館様の言葉を聞くや否や、皆一斉に箸を持った。わっと楽しそうな声が至る所であがり、あんなにあった料理がどんどん無くなっていく。

「どのお料理もとっても美味しいわ!幸せ〜!」
「甘露寺、ちゃんと水分も摂れ」

次々とお皿を空にしていく甘露寺さんに、伊黒さんが甲斐甲斐しくお茶を差し出している。自分が作った料理を沢山の人に食べて貰えるのは、やはりすごく嬉しい。

「なぁ紋逸、節分ってなんだ?」
「知らないで食ってたのかよ!鬼を祓う日だってさっきから言ってんだろうが!あとその恵方巻き俺のなんですけど!?」

恵方巻きを二本同時に頬張る伊之助くんに、善逸くんが吠える。しかし、伊之助くんがめげる様子はなかった。

「だってこのあと豆撒くんだろ?鬼は首切らなきゃ倒せねぇのに、なんで豆なんだよ!」
「無視か!なんで豆かって言うとだな、えっと...、えっと...」

最初は強気だった善逸くんの語尾が次第に濁っていく。彼自身、なぜ豆を撒くかは知らなかったようで、最終的には「た、炭治郎ぉ〜」と隣で煮物を食べていた少年に縋りついた。
しかし、炭治郎くんも「そう言えば考えたことなかったな」と首を傾げる。ちょっと抜けた仲良し三人組に、少しだけ助け舟を出す事にした。

「穀物には昔からの邪気を祓う力があるって信じられていて、“豆”を“魔滅”とかけたらしいよ。炒った豆を撒くのも、“炒る”と“射る”をかけてて、投げた豆が鬼の目を射るように、っていう意味があるんだって」
「へぇ、なまえさん詳しいんですね!」
「食べ物の事だけね」

炭治郎くんに褒められ、えへへと頬をかく。すると、三本目の恵方巻きを手に取った伊之助くんがさらに声をあげた。

「じゃあなまえ、この太巻きはなんなんだ?これで鬼を殴るのか?」
「恵方巻きのこと?それはねぇ...」
「それは俺が教えてやるぜ!」

そう言って間に割り込んできたのは、顔を赤くした宇髄さんだった。すでにだいぶ酔っ払っているらしく、右肩を須磨さん、左肩をまきをさんと雛鶴さんに支えられている。なんだか猛烈に嫌な予感がする。

「恵方巻きはなぁ!男のアレに見立てた太巻きを遊女の口に突っ込んで...」
「きゃー!駄目駄目!」
「天元様、飲みすぎです!」
「昼間っから若い子にナニ教えてるんですか!」

三人の嫁が一斉に音柱の口を塞ぐ。想像してしまったのだろう、炭治郎くんと善逸くんは顔を赤くし俯いてしまった。「嘘だからね!」「気にしないでね!」「ほら天元様、ちゃんと立って!」と嫁達に腕を引かれ退場する音柱を無かったことにして、空気を変えるように声を張り上げる。

「せ、節分の日にその年の恵方に向かって太巻きを食べると願い事が叶うんだって!おしゃべりをすると福が逃げちゃうから無言で食べるのがいいらしいよ!」
「へぇー。で、恵方ってなんだ?」
「神様のいる場所。今年は西南西だよ!」
「ふーん神頼みか。興味ねぇな」
「伊之助!せっかくなまえさんが色々教えてくれてるんだぞ!食べるのをやめてちゃんと聞け!」
「うるせぇ!まだまだ食い足りねぇ!猪突猛進!」
「俺の恵方巻きぃ〜!」

三人の漫才のような掛け合いに思わず笑顔になる。善逸くんに恵方巻きを分けてあげながら、お腹を抱えて笑った。





「随分楽しそうだったな!君があんな風に笑うのを初めて見た!」
「えっ」

日の暮れた帰り道、煉獄さんに指摘され思わず足が止まる。
あのあと全員で豆を巻き、食べ終わった鰯を柊に刺して節分の会はお開きとなった。宇随さん達に二次会をやらないかと誘われたが、皆明日からまた任務という事で早々に解散したのだ。

それにしても、そんなに大声で笑っていただろうか。恥ずかしくて穴があったら入りたい。
顔を赤くした私の手を、煉獄さんの暖かい手が引く。

「咎めている訳では無い!笑う門には福来る、と言うし、愛おしい者の笑顔が見られるのは嬉しい事だ」

笑顔にしたのが俺でないのが少し妬けるがな!と煉獄さんが笑う。もう片方の手には、しっかりと二人分の柊鰯が握られていた。

柊鰯を門口に下げておくと、棘が鬼の目に刺さり、悪い物が家に入ってこないという。屋敷にたどり着くと、早速煉獄さんが戸口に柊を括った。

「これで鬼も入ってこれまい!」
「炎柱の家にわざわざ入ってくる鬼はいないでしょうけどね」
「確かに!自分から倒されに来るようなものだからな!」

二人で笑うと同時に、空からちらちらと白いものが降り始めた。二人で空を見上げ、しばし雪に見とれる。明日から春とはいえ、まだまだ寒い日が続くのだ。くしゅん、とクシャミをすれば、煉獄さんが私の肩を抱く。

「さぁ、中に入ろう」
「はい。すぐにお茶を入れますね」
「あぁ!君の好きなあの茶菓子も開けよう!」

二人寄り添って家の中に入る。
「福は内」。節分の掛け声通りの幸せがそこにあった。

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