どんなに社会で男女平等が叫ばれていても、来客時のお茶出しは未だに女性社員の仕事だ。「やっぱり女性が入れたほうが美味しい」とか「女性が持ってきてくれた方が場が華やぐ」とか、そんな薄ぼんやりとした理由で仕事の手を止められるこちらの身にもなって欲しい。

「みょうじさん、第三会議室にお茶お願い。三つね」

今日もそう話しかけてきたのは、朝一番に「このデータ今日中で」と分厚いファイルを持ってきた部長だった。自分が一番暇なくせに、仕事を頼んできたのと同じ口でまたこちらの仕事を増やしてくれるのだから堪らない。
それでも私は「はぁい」と笑顔で返事をし、手元のデータを一時保存する。こんな事に一々目くじらを立てていては仕事がちっとも進まないからだ。

給湯室で来客用の茶碗を用意し、急須から熱いお茶を注ぐ。茶托と共におぼんに乗せてそろそろとフロアを進んでいると、コピー機の前で腕組みをしている人物に出会った。
今年四月に入社したばかりの煉獄さんだ。しきりに首を傾げている所を見ると、何か困っているらしい。

「どうかしました?」

私が声をかけると、煉獄さんはぱっと顔を上げ、「みょうじさん!」と猫のように丸い瞳でこちらを見た。私といえば、急に名前を呼ばれて驚く。同じ会社の社員とはいえ、そこそこ人も多いこのフロアでもう名前を覚えてくれているとは。

「何かお困りですか?」そう問えば、彼は太い眉を下げて「そうなんです」と情けないように言う。

「すみません。どうやら紙が詰まってしまったようなのですが、何処に詰まっているのかわからなくて」
「あぁ、そうなんですね。えぇっと...」

見れば、コピー機の故障を示すランプが赤く点滅している。こうなった場合は手前のパネルを開き、中に詰まった紙をそっと引っ張り出さなければならないのだが、いまの私は来客用のお茶で両手が塞がっていた。
彼もその事に気付いたのだろう。「良かったら俺が持っていきましょうか?」と声を掛けてくれる。

「えっ、でも...」
「自分が詰まらせておいてなんですが、コピー機が使えないと皆困るでしょう!みょうじさんが直してくれている間に俺が届けてきます!何処に持っていけばいいですか!?」
「あ、じゃあ第三会議室に...」
「うむ!承知しました!」

そう言って、彼の大きな手が私の手からお茶の乗ったおぼんを攫っていく。ちゃぷちゃぷとやや心配な音を立てながら、彼は嬉しそうに第三会議室へと歩いていった。

私の代わりにあのハキハキした煉獄さんがお茶を持っていったら、部長やお客さんはどんな顔をするだろう。そう想像すると少しおかしかった。



どんな使い方をしたのかは分からないが、コピー機の中は結構な密度で紙が詰まっていた。煉獄さんは新人でありながらとても仕事が出来ると聞いたけれど、細かい作業はあまり得意では無いらしい。やっぱり交代して良かったな。そう思いながら詰まった紙を取り除いていく。

クシャクシャになった紙をゴミ袋に纏めていると、ちょうど煉獄さんも会議室から戻って来る所だった。「ありがとうございました」とおぼんを受け取れば、「礼を言うのはこちらの方です!」と礼儀正しく頭を下げられる。

「自分一人では対処出来ませんでした!みょうじさんが通りかかってくれて助かった!」
「気にしないでください。私もお茶運び嫌だなって思っていたので、煉獄さんが代わってくれて良かった」
「...? お茶を運んで何か嫌な事でも言われたんですか?」

首を傾げる煉獄さんに、私は「うーん...」と曖昧な返事をする。お茶を持って行ってセクハラ紛いの事を言われたのは一度や二度ではない。
私の微妙な表情から察したのだろう。「では俺が毎日コピーを詰まらせましょう!」と言う煉獄さんに思わず笑みが零れた。年下なのに優しいな。そう感心していると、煉獄さんがずい、と身を乗り出してくる。

「どうでしょう、コピー機のお礼に今日一緒にランチに行きませんか?」
「えっ!?コピーの詰まりを直しただけでそんな...」

慌てて首を横に降ったが、煉獄さんはにっこりと笑ったままだ。私の手からゴミ袋を受け取りながらなおも食い下がる。

「他の業務についても色々聞きたいんです!みょうじさんさえよろしければ、是非一緒に来て欲しいのですが!」

「勿論俺が奢ります!」と、そんなふうに言われてしまっては断る事も出来ない。「...じゃあ、今回だけ」と私が小さく口にすれば、煉獄さんは「よし!」と小さくガッツポーズをする。「では、またお昼に!」と自席へと戻っていく背中を、私はおぼんを持ったまま静かに見つめていた。


そう言えば煉獄さん、何をコピーしに来たのかな?

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