今日は一月一日。新年の神である年神様をお迎えし、五穀豊穣や家内安全を願う特別な日である。

普段はパン派な我が家も、お正月である今朝だけは和食仕様だ。老舗料亭からお取り寄せしたというおせち料理をはじめ、テーブルの上にはお母さん手作りの栗きんとんやお雑煮が所狭しと並ぶ。普段は料理が出てくるまで新聞を読んでいるお父さんも、今日は甲斐甲斐しくお屠蘇の用意をしていた。

「ごほん、えー...では、あけましておめでとうございます」

家族全員が席に着くと、お父さんが改まった口調で新年の挨拶を述べた。その言い方がなんだか結婚式でスピーチをする人みたいで、私とお母さんは顔を見合わせて笑う。既に一杯引っ掛けているのだろうか、あーだのうーだの散々引っ張ったにも関わらず「まぁ、なにはともあれ今年もよろしく」と雑な締め括りで家長の挨拶は終了した。なんて締まりのない挨拶だと毎年のように思うものの、そんなスタートもなんだか我が家らしい。

「なまえはこのあと初詣デートだっけ?杏寿郎くんと」

はふはふとお雑煮のお餅を食べていると、まるでお母さん自身がデートに行くようにウキウキと話しかけてくる。お隣さんで小さい頃からの幼馴染、高校生になってからは彼氏でもある煉獄杏寿郎を、私の両親はとても気に入っている。

「そうだよ。十時に神社で待ち合わせなんだ」
「え?現地集合なの?家が隣同士なのに?」
「うん。私もそう言ったんだけど、杏寿郎がどうしても現地集合が良い!って言うから」

私の言葉にくいくいとお酒を傾けていたお父さんが茶化すように口を開く。

「杏寿郎くんの家は歴史が古いし、しっかりしたお家だからなぁ。いくら幼馴染とはいえ、未婚の男女が二人で出歩くのはNGなんじゃないか?」

お父さんの言葉に、女二人が「えぇー?」と口を揃える。煉獄家には何度も足を運んでいるが、杏寿郎の両親からそんな事を言われた事は一度もなかった。
剣術道場を営むお父さんは確かに厳しいし荒っぽいが、それが愛情の裏返しである事は誰もが知っている。お母さんの方も「いつでも遊びにいらっしゃい」と言ってくれていた。

「お父さん、今は令和よ。お父さんの時とは時代が違うの」

お母さんの言葉に、お父さんは「俺だってそんな時代生まれじゃ...」ともごもごと口を噤む。杏寿郎のお家でも今頃おせちを食べているのかな、とぼんやり考えていると「ほら、なまえも急がないと遅刻するわよ!」とお母さんの声が飛んできた。だし巻き、黒豆、ローストビーフと、色とりどりの料理に急いで箸を伸ばす。お餅が喉に詰まりそうになり、私はどんどんと自分の胸を叩いた。





シュッシュッとエナメルの草履を鳴らしながら、待ち合わせ場所である地元の神社まで一人で歩く。お母さんが着付けてくれた臙脂色の着物はお正月気分をより一層盛り上げてくれたが、幾重にも巻かれた帯は食後のお腹に優しくなかった。やっぱりお餅は一個にしておけば良かった...。そう後悔しながら、赤い鳥居の下で恋人を待つ。

「杏寿郎、着物のことなんて言うかな...」

なんでもストレートに物を言う杏寿郎だ。似合っているなら似合っている、違うなら違うとハッキリ言うだろう。それでも少しでも可愛いと言ってもらいたいのが乙女心である。
携帯電話で時間を確認すると、画面表示がちょうど十時に切り替わった所だった。五分前行動を良しとする杏寿郎が定時になっても現れないなんて初めての事だ。珍しい事もあるものだとLINEを起動すると、本殿の方でワッと歓声が上がった。

なんだろうとそちらに目をやると、本殿横の舞台で獅子舞が始まった所だった。真っ赤な顔をした獅子が大きな口をカコカコと鳴らしながら笛の音に合わせて身体を揺らしている。ひらり、袖の階段から下に降りてきたかと思うと、参拝客の頭を次々と噛み始めた。

獅子舞に頭を噛まれると、その年は無病息災で過ごせるという。噛むと言っても本当に噛む訳ではなく、軽く挟んだり、噛むマネをするだけだ。悪いものを払ってくれるのはありがたいが、小さい頃はあの赤い顔が怖かった。頭を噛まれて大泣きしたのも良い思い出である。


杏寿郎はまだ現れない。メッセージも届いていないし、電話を掛けてみたが呼出音はすぐに留守電に切り替わってしまった。どうしよう。もう少しこのまま待ってみようかと辺りを見回した、まさにその時だ。

「ッ、きゃぁああ!!」

いつの間にか背後にいた獅子舞に、私は思わず悲鳴を上げた。さっきまであちらで別の参拝客を噛んでいたはずなのに、何故わざわざこちらまで来たのだろう。
中身は人であると分かっているとはいえ、ぎょろりとした大きな目に見下ろされるのはやはり少し怖かった。「ひっ...!」後ずさる私に獅子舞はじりじりと近付いてくる。

カク、カコ、カク、カコ、カク、カコ。

黄色い歯をしきりに鳴らす獅子舞に、図らずも小さい頃のトラウマが蘇る。あの時は必死でお父さんに抱き着いたが、お父さんも杏寿郎も居ない今、どうしたらいいのだろう。
がばり!大きく開いた口にぎゅっと目を瞑ると、ちゅ、と頬に柔らかな物が押し付けられた。獅子舞ではない。まるで恋人からの口付けのような感触に目を開ければ、規則正しく並んだ歯がかぷりと私の頬を食んだ。うっすらと汗の香りを纏ったそれは、部活上がりの恋人の匂いによく似ている。

「ーきょ、じゅろ...?」

私の言葉に、獅子舞の踊り子はプッと吹き出すように笑った。緑色の胴布に覆われた身体をクツクツと揺らしながら一歩二歩と後ろへ下がる。
胴布から顔を出したのはやはり杏寿郎で、重い獅子を軽々と担ぎながら可笑しそうに笑った。

「すまない!驚かせようと思ったんだが、なまえがあまりにも怖がるから可笑しくて...、フフ、ハハハッ!」
「.........きょ〜じゅ〜ろ〜!!」

私の渾身のグーパンチを、杏寿郎はいとも簡単に受け止める。獅子舞よりよっぽど獅子らしい金色の髪が太陽の下でキラキラと輝いていた。額に浮いた汗を拭いながら「着物似合っているな!」と笑う杏寿郎を、私はポカポカと殴り付ける。

「杏寿郎の馬鹿 、バカ、ばか!どれだけびっくりしたか分かってるの!?」
「だから悪かったと。片付けが終わったら向こうの出店でりんご飴を買ってやろう!たい焼きでもいいぞ!」

りんご飴ひとつで許せるわけが無い。甘酒とベビーカステラも追加でねだりつつ、私は噛まれた頬をゴシゴシと擦った。赤く染まった頬は、決して杏寿郎が噛んだせいだけではない。

誰よりも強く優しい私の獅子は、きっと新しい一年も災厄から私の事を守ってくれるだろう。こんなふうにちょっとした悪戯はあるかもしれないけれど。



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