「何を飲む?」そうキッチンから問いかければ、なまえは俺に目もくれず「紅茶」と短く答える。リビングのソファーを我が物顔で占領する彼女は所謂幼馴染というやつで、日曜の朝から「やっほー杏寿郎、Switch貸して!あ、誕生日おめでと!」とあたかも人の誕生日をおまけのように言いながら、意気揚々と我が家に上がり込んだ。
優しい両親と自慢の弟は、俺のためにケーキを買いに出かけている。家族同然の付き合いとはいえ、好きな女の子と誕生日に二人きりというシチュエーションに俺の心臓は高鳴った。つい来客用の高い紅茶を手に取に取り、戸棚からクッキーまで出してしまう。
「砂糖は?」
「いらない」
「ミルクは?」
「いらない」
「ストレートでいいのか?いつもは苦いって言うくせに」
「いいの、今日はそういう気分なの」
それきり彼女は黙りこくってしまい、リビングには静寂が落ちる。なまえは目の前のゲームに夢中で、最近ちっとも俺に構ってくれない。ガラスのポットにお湯を注ぎながら、俺は彼女を独占するゲーム機を睨む。先輩である宇髄が「大乱闘しよーぜ!」と言うから買ったものだが、宇髄は現実の大乱闘に忙しく、結局一度も使わないままなまえに取られてしまった。
彼女が今ハマっているゲームは“無人島で動物たちと暮らす”というものらしいのだが、元来ゲームに疎い俺には、それの何が楽しいのかさっぱり解らなかった。以前、たまたま覗き込んだその画面にタヌキが映っていたので「そのタヌキを捕まえて食べるのか?」と聞いて以降、なまえは俺にゲームの話をしなくなった。
ティーポットとカップ二つ、クッキーの袋を抱えてリビングへ向かえば、なまえは「ありがとー」と間延びした声で礼を言う。言うのはいいが、やはりこっちを見ない。普段の自分なら我慢出来ただろうに、なんだか今日は無性にイライラした。ついにはなまえの手からゲームをひったくってしまう。
「あー!なにすんの!」
「それはこっちの台詞だ。人の家に来ておいてゲームに夢中だなんて、失礼にもほどがある」
「いつもみたく杏寿郎は本でも読んでればいいじゃん!」
「おま…、今日は俺の誕生日だぞ。少しは祝おうと思わないのか」
俺の言葉に「最初におめでとって言ったもん」となまえは唇を尖らせる。その言動が可愛らしくて、憎たらしくて。ああもうイライラするなぁと俺は彼女の胸倉を掴んだ。「ちょ、なに、」となまえが不満気な声を上げる。
「なまえが悪いんだぞ」
音もなく重なった唇を、俺は思春期の青年らしく貪った。驚いたなまえが肩を押し、足をばたつかせて抵抗したが、俺はやめなかった。そのままソファーに押し倒し、夢中でなまえの舌を吸い上げる。んぅ、と鼻にかかった彼女の声に、心臓がドクンと大きな音を立てた。
ぷは、と唇を離せば、なまえは顔を真っ赤にして俺を見上げていた。その目に涙が浮かんでいてしまったと思ったが、次の瞬間には素早い拳が顔をめがけて飛んでくる。こういう時、女の子は普通ビンタじゃないのか、なんで拳なんだ。持ち前の反射神経でその手をよければ、なまえはさらに顔を真っ赤にして怒った。
「杏寿郎のばかっ!変態っ!死んじゃえっ!」
そう言って、彼女は俺を押しのけて家を出ていってしまう。玄関のドアが乱暴に閉まる音を聞きながら、俺は自分の浅はかさに心底後悔した。誕生を祝われるはずの日に、大好きな人から死ねと言われてしまった。どうしてこう上手くいかないのだろう。
ふと顔を上げれば、ソファーの端に小さな包みが落ちていることに気が付く。赤いリボンとメッセージカードが付いたそれは誰がどう見てもプレゼントで、きっとなまえが落としていったものに違いなかった。俺があんなことをしなければ、彼女から直接受け取ることも出来ただろうに。一人寂しく溜息を吐きながら、俺は包みに手を伸ばす。
あんな風だが、なまえは意外と綺麗な字を書く。杏寿郎へ、と書かれたメッセージカードを開き、短い文章に目を落とした。
お誕生日おめでと。好き。大好き。
直接言うのは恥ずかしいから、手紙で許せよな。
大好き、の後ろに小さなハートマークが付いていて、俺は弾かれたように家を出る。なまえの家はすぐ隣だ。チャイムも鳴らさず「お邪魔します!」とだけ叫んで玄関に入る。靴も揃えず一目散に階段を駆け上がり、彼女の部屋のドアを力任せに叩いた。
「なまえ!すまない!本当にすまない!頼むから!」
このドアを開けてくれ!!!
▽
その後、なんとか仲直りを果たした俺たちは無事付き合うことになり、誕生日会にはなまえも参加することになった。お誕生日おめでとう、と書かれたチョコレートは本当なら主役である俺の物だが、今回はだけはなまえに譲ることにする。
「やったー!ありがと!」と無邪気に喜ぶなまえの目に、三角帽子をかぶった俺が映っている。
その事が何より満足だった。
HappyBirthday!