嫌な人に会うのを回避する方法

 (波江視点)

 ある夜の事、そろそろ終わりの時間なので私は折原臨也の事務所で書類の片付けを始めていた。現在ここにいるのは私と雇い主の折原臨也の二人だけである。
 とはいえ書類を片付けながら今私の頭を占めるものは誠二のことだけだった。


 ああ、誠二は今何をしているのかしら。今日は寒かったから風邪とか引いていなければ良いけど。ああ、誠二・・・・・!
 けれど、その思考も事務所の扉をノックする音で中断された。
 だれかが事務所を尋ねて来たようだ。こんな時間に珍しい。
 雇い主を伺うと彼は上機嫌で、扉に向かって「入ってきて良いよ」と言った。尋ねて来たのはどうやら彼の知り合いらしい。

 扉が音を立てて開かれると、ドアノブを片手に女性が立っていた。
 歳は彼と同じくらいだろうか。仕事帰りなのか、スーツ姿である。

 ・・・・彼女も彼の取り巻きか何かだろうか。
 そう判断して、私は彼女を視界に入れながらも片づけを再開しようとした。


 しかしそれは、彼女が足を一歩だけ事務所に踏み入れると扉を閉め、そのまま外へ出て行ったのを見て止めることとなった。

 本当に、彼女の動作はそれだけだった。一歩だけ足を入れただけで、事務所から出て行ったのだ。
 一瞬何が起こったのか意味が分からなかった。雇い主を見るとそれは同じようで、驚いたように扉を見つめている。
 しかし、すぐに携帯を取り出だすと素早く操作し、それを耳に当てた。

 少し間を置いてどうやら電話が繋がったらしい。


 「もしもし。あれはどういうこと?」

 『臨也から言われたとおり行ったよ。』

 「確かに来たには来たね。」

 『そういうことだから。じゃあ、おやすみ。』

 「君さ、今切ったらどうなるか分かるよね?」

 『今日は仕事で疲れたの。』

 「それは俺だって同じだよ。」

 『ならお互い疲れたって事で、今日は帰ります。』

 「ふざけんな、さっさと戻れ。」

 『・・・・・・本当ウザいなあ。』

 「受話器から離して言って聞こえないつもりだろうけど、ちゃんと聞こえてるから。すぐ来ないとクビにするからね」


 雇い主はそれだけ言うと電話を切った。


 相手の声は聞こえなかったが、どうやらさっきの彼女は事務所に足を一歩だけ入れて来たことにして帰ったらしい。

 そしてまた彼に呼び出されてここに来るようだ。


 「じゃあ、私は帰るから」


 とりあえず面倒くさそうなので、私は彼女が来る前に帰ることにした。




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