それ一枚で特別になる
私が臨也の事務所に通うようになってから数年がたった。
いつものように(気に食わないが)事務所へ行くと、仕事用のデスクの反対側で、高さそうな椅子に座る臨也から婚姻届を渡された。
はいコレ、とまるでチラシか何かを渡されるような気楽さで渡してきたので、私は思わずそれを受け取ってしまった。
受け取った紙にはすでに夫の覧に折原臨也の署名が書いてあった。
…破り捨てたい。
「あの、すいません。私本当に臨也とかムリなので。」
「あははは、そういう事言うのは予想してたよ。でも、むかつくなー。」
臨也に婚姻届を臨也の手に押し返そうとするが、彼は笑顔で受け取らない。
そのせいで婚姻届にくしゃりと皺ができた。
「だって、君はまた男漁りしてるらしいじゃん。そうとう焦っているんでしょ?だから仕方が無いから俺が結婚してあげようと思ってあげたんだよ。」
臨也はあげるという言葉を強調して二度もつかってくるが、私は別に求めた覚えはまったくない。
「すごく意味が分からないし押し付けがましね。それにその情報どこから手に入れたの?」
「ふふふ、内緒っ!」
可愛らしく言っているつもりだろうが、うざい。
彼は何年たっても、本当ウザい。
むしろ年齢が上がるたびにウザさに磨きがかかっているのではないだろうか。
試しに小学生の頃の彼を思い出そうとした。
臨也はあの時もウザかったので、常に彼はウザいのが服を着た状態なんだろう。
……しかし本当にどこからこういう私の恋愛情報を手に入れるのだろう。
臨也に悟られないようにこっそり、かなり慎重に動いていたのに。
「そもそもなんで婚姻届なの。」
「確かに君はそろそろ結婚しておかないと、行き遅れるなぁと可哀想に思ったからかな?」
「だったら「嫌だよ。それは聞き飽きたし」……聞き飽きるようなこと何度も言わせないでよ。」
私が自由恋愛をさせろと言うのに被せて、彼は拒否を言う。
確かに何度も言ってきたが、それは聞き入れて貰えないから言い続けているだけだ。
「ねえ。臨也って私の事好きなの?」
「それが恋愛としてって意味なら答えはノーだね」
いつかのように質問をしてみると、あっさりと彼は否定する。
本当に彼にはそんな気持ちは少しも無いらしい。
「けど、君を人間としてなら愛しているよ。俺は人間が好きだ。だから人間な君のことも好きだよ。」
「はぁ、そう。」
正直、どうせ臨也は人間として私の事を好きだと笑顔で言うことは、聞くまでもなく腐れ縁の長い私には想像ついていた。
けれど一応、尋ねてみるとやはり予想通りの返事が返ってきたので、私は思わず息を吐く。
臨也の考えていることは分かるようになってきたのに、分からない。
「それに結婚しておけばいろいろと煩わしいこともなくなるだろ。わざわざ呼び寄せなくても良いし、君を監視する必要も無くなる。結婚って良い仕組みだよね」
「たとえ臨也と結婚したとしても私は浮気するから」
「君が根本は真面目な性格なのは知っているよ。そんなことできないよね」
臨也は楽しそうに笑って、何故か椅子でクルクル回り始めた。
椅子の下がドリルになって、地殻まで行っちゃえば良いのにと思う。
「何にせよ、その婚姻届はいらないし、サインもしないから。」
「えー、俺の婚姻届はそれこそ喉から手が出るくらい欲しがる子がわんさかいるのに。もったいない。」
「そうなの?なら、やっぱり貰う。貰ってそういう子に売る。」
「あははは、そんなことしたら許さないから。」
臨也の口は笑っているのに、目は笑っていない。
私だって冗談だ。
そんな危ない橋を渡らなければいけないほど、金銭に困っていない。
「ならやっぱりいらないから。」
「本当強情だよね。君は俺のこと嫌いじゃないくせに」
何を分かっているような事を言うんだと思う。
そういうところが嫌いだ。
……嫌いだけど、付き合いが長かったせいだろう。臨也の言うように前ほど彼の事が嫌いというわけではなかった。
こんな事を提案されて怒りださない程度には。
「私は臨也の事は嫌いじゃないけど、私も恋愛としてなら好きではないから。」
そう言うと臨也は嬉しそうに、「そっか」っと呟いた。
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