スチュワートと惚れ薬

 ※スチュワートが三年生の時の話


 紅茶に入っていたのは間違いがないだろう。


 スチュワートは激しくなる胸の痛みを誤魔化すために胸を押さえた。




 それは今朝の朝食の時に遡る。スチュワートが食後に紅茶を飲んだところ。少し変な味がしたことにスチュワートは眉をしかめ、マグカップからすぐに口を離した。それでも少しだけ飲んでしまい、顔を上げると目の前で食事をとっていたミリアと目があった。

 それはいつもと変わりないことのはずなのに。
 その瞬間スチュワートは顔が熱くなるのを感じて、心臓も大きくはねた。


 (間違いない、紅茶に惚れ薬が入っていた)


 おそらくは飲んで最初に見た人を好きになる効能のあるものだろう。
 頭の中では冷静に自分の置かれた状況を推測することができたが、薬により熱を持つことを制御することはできない。

 息苦しくなる体にスチュワートは今自分は顔を真っ赤に染めているだろうことが分かった。


 さすがにスチュワートのおかしな様子に気がついたようで、目の前のミリアはどうしたのかというように眉を寄せる。
 そんな表情のミリアでさえ、可愛らしいと思ってしまい。意識するとより強くなる感情に、スチュワートはもうどうしようもなかった。


 「どうかされましたか、スチュワート?顔が赤いですよ」

 「い、いや。なんでもない。俺はもう行く。すまない」


 声をかけられただけなのにそれが嬉しくて、けれど恥ずかしくなって混乱して。スチュワートはミリアから逃げることを選択した。

 一応の断りをいれて、ミリアが返事をする前にスチュワートは脱兎のごとく大広間を後にしたので、スチュワートは胸のポケットにさしていたペンが落ちたことに気がつかなかった。




 そうした経緯があり、スチュワートは寮に戻ってから自室で頭を抱えていた。
 すぐに気がつき飲んだ量は少量であったので、スチュワートの知らない改良をされたものでなければおそらくは1日も経たないうちに効果は切れるだろうとスチュワートは推測したが。
 こんな慣れない気持ちが今日1日続くと思うと憂鬱だった。
 ただ、ミリアであった事が幸いだったかもしれない。彼女は鈍い。それはセドリック・ディゴリーのマメなアピールから分かっている。
 これで敏い女性であったなら面倒なことになるだろうが。ミリアなら気がつかないかもしれないし、気がつかれたとしてもおかしなことにはならないだろう。

 今日1日を我慢すれば良いのなら解毒剤を用意してもらうほどのことではない。


 そう判断してスチュワートは寮の談話室へと下りた。


 「スチュワート」

 「っ!?」


 談話室へ入ると、すぐにスチュワートはミリアから声をかけられたので、突然のことにスチュワートの心臓はドっと激しく鳴った。

 おそらくはスチュワートを待っていたのだろう。心の準備なく声をかけられスチュワートは冗談抜きで死ぬかと思った。

 そんな心境のスチュワートにまったく興味もなさ気にミリアはスチュワートの前に来る。
 身長差があるために上目で見上げてくるミリアにスチュワートは再び自分の顔が赤くなるのを感じた。


 「どうした?ミリア」

 「広間で貴方が落としたペンを見つけましたので、届けにきました」

 「そうか。ありがとう。………その、ミリア、できれば今日は俺に近づかないでくれないか。」

 「?構いませんが」


 スチュワートはミリアからペンを受け取ってから失礼なことだと承知で頼むと、ミリアは首を傾げて疑問に思ったようだが、何も聞かずに頷いた。

 頷いてくれたことにスチュワートは安堵をした。ただ少しだけ寂しさを感じたが同時に素直に従ってくれるミリアにより愛おしさを感じた。


 (ああ、駄目だ。好き過ぎておかしくなる)


 そんなことを思ってしまったためだろう。


 ミリアが頷いてからすぐに背を向け去ろうとするのを、ローブを引いて妨げてしまったのは。

 スチュワートは無意識の自分の行動に酷く同様したが、それはミリアも同じだったようで、ミリアはスチュワートらしからぬ行動に振り返ると不思議そうに瞬いた。

 それにうまく言葉を紡げずに「あ」とか「う」とか唇を何度も開閉するスチュワートにミリアはローブを掴んでいるスチュワートの手を取り、それで漸くローブから手を放した真っ赤な顔をして薄く汗を浮かべるスチュワートを見上げた。


 「スチュワート?」

 「すまない。ミリア」


 すぐに握られる手から放そうとしたが、スチュワートの意志に反してミリアに握られる手ははなれない。

 それはミリアが強く掴んでいるからではなく。スチュワートが手を放したくないと感じているためだ。

 そんなスチュワートに何も言わずにそのままミリアは今朝から気になっていた質問をした。


 「スチュワート、あなた本当にどういたしましたか?言いたくないのでしたら理由は聞きませんが」


 尋ねてくるミリアにスチュワートはできることなら恥ずかしいやら申し訳ないので答えたくなかったが、もう限界だと思ったので答えてしまう事にした。


 「…いや、話すよ。どうやら朝食の時に惚れ薬を盛られたらしい。それで今、はじめに見た君の事が好きでたまらないんだ」

 「………そう、でしたか。でしたら医務室に行きましょう」

 「ああ。そうする事にする」


 思っていた以上に重傷だ。
 自分は耐えることができると思ったのは間違いだった。恋に慣れていない自分にこれは辛すぎた。
 広間から出て、すぐに医務室に行けば良かったと思っても後の祭りだろう。


 「一人で行けますか?」

 「いや、すまないがミリアについてきて欲しい」


 ミリアと離れたくない、一緒にいたい。
 そんな甘えかわがままがスチュワートの中を駆け巡るためついてきて欲しかった。
 

 「分かりました、では行きましょうスチュワート」


 ミリアは嫌な顔もせずに淡々と頷くと、スチュワートの手を取ったまま医務室へと促す。

 拒絶することなく優しく握るミリアの手に、スチュワートは不思議と安心してミリアの手を握り返した。



 すっかりミリアに恋をしていたスチュワートは気がつかなかった。
 ミリアが何があっても良いように杖をもう片方の手に隠し持っていたことに。








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この後、手を繋いで医務室に行くのを目撃したセドリックに「ミリアのことが好きなのか」と話しかけられるのが二人のはじめての会話になります。

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