図書室
(ジョージ視点)
グリフィンドールとスリザリンのクィディッチの試合で俺とフレッド、ハリーはクィディッチの選手からアンブリッジにより外された。
別に俺は胸くその悪い歌を歌われドラコ・マルフォイに家族を侮辱され煽られ、あいつを殴ったことについて後悔はない。
けれど、もうホグワーツでクィディッチができなくなるのは熱が冷めてみると心に穴があいたような、空虚な気持ちだった。
俺たちは最終学年なのだ。
それなのに今クィディッチを禁止されたらハリーのようにアンブリッジが学校を去った後に希望を持つことができない。
しかも暴行をしていないフレッドまで禁止されてしまった。
なんて不平等なんだ。
俺はクィディッチが好きだった。
ホグワーツに入る前からプロチームの試合を観戦したり、兄弟で練習をしていた。
その甲斐あってフレッドと共にグリフィンドールの選手になれた。
俺はずっと選手であることはホグワーツにいる間は不変だと思っていた。
それなのに。
こんな終わり方だ。
俺は図書室で誰も来ない端にあるマイナーなジャンルの本棚の間に一人しゃがみ込んでいた。
フレッドには言っていない。
一人になりたかったから。
こんなところ、誰にも見せられない。兄弟にも見せたくない。
俺はただ時が過ぎるのをぼーとどこを見るでもなく座って前にある本棚を意味なく見ていると、足音が聞こえてきた。
誰かがこちらに来るのかもしれない。
だから俺は誰が来てもいいように余裕そうな、ただ暇つぶしや企みのためにここにいると見せかけるように表情を作り座ったまま、やってきた人物を見上げた。
「ミリア…」
来たのはミリアだった。
予想外の人物に俺は作っていた顔を崩しぽかんと間抜けな表情をしてしまった。
彼女はよく図書室にいる。
だからミリアが図書室の本棚に来るのはおかしなことではない。
けれど、まずはじめに自分が恋している人が来たことに俺は驚いた。
ミリアは俺をチラリと見ると少し立ち止まり、けれど足早に俺のそばの本棚まで来ると本棚を見上げた。
何か目当ての本があるのだろうか。
俺はミリアに話しかけるか迷って、ただミリアの横顔を見つめた。
話しかけなかったのは今はあまり上手く話せる気がしなかったからだ。
せっかく想い人がそばにいるのに。
俺はミリアから視線を外し自嘲して頭を下げた。情けない。
「何を貴方はじめじめとなさっているのですか」
ミリアは俺に話しかけてきた。
驚いてミリアを見るとミリアはいつものように眉を寄せて俺をじっと見ていた。
「……じめじめなんて酷いな」
「その通りでしょう?そういうの止めてください。本にキノコが生えます」
「いや、生えないだろ」
冗談かと思ったけれど、ミリアは真面目な表情で言ったから俺は本に生えるキノコの話を聞いたことがないか考えてみたけどやっぱり聞いたことはない。
これは冗談なのだろうか。
ミリアは本当に分かりづらい人だ。
少しの沈黙の後俺は彼女に話しかけた。
「……なあ。ミリアは後悔することってあるのか?」
俺は話を変え、なんとなく知りたくなりミリアに聞いた。
彼女が答えてくれるとは期待していなかった。
けどそれにミリアは少し口を閉じて、俺を睨むように鋭い目をして答えてくれた。
「……あるに決まっているでしょう」
まさか返答が貰えると思っていなかったからその答えと合わせて驚いた。
「あるのか。ミリアなら無いかと思った」
「貴方は私を何だと思っているのですか?後悔も知らないほどの愚か者だとでも?」
「いや、そういうわけじゃ……ミリアにとって後悔を知らなければ愚かなのか?」
「当たり前でしょう。普通に生きていて後悔がないなんて。余程おめでたい人か、後悔もできないほどの能無しくらいです」
ミリアはそう気持ちが良いくらいに言い切った。
俺はその言葉が胸に刺さった。
「ミリアは後悔を悪いものだと考えていないんだな」
「別に悪いか悪くないかは時と場合によります。貴方は後悔しているのですか?クィディッチのことで」
「えっ?俺がクィディッチを禁止されたのを知っているのか」
「ええ。スリザリンの寮でも話題になっていました」
「そうか」
どうせ俺たちを馬鹿にするような話題だろう。
それを思うとスリザリンに腹が立ったけど、ミリアはクィディッチには関係がない。
けれど知っているのなら彼女は後輩を殴った俺のことをどう思ったのだろう。
嫌われたかもしれない。それでも
「後悔なんてしていないつもりさ。過去に戻って同じことをされても何度だって俺はあいつを殴るからな」
俺はそう言いきった。
「けれど、クィディッチの選手から外されたことを後悔しているのでしょう」
「それは…」
俺は言葉に詰まった。
本当にミリアははっきりと言う。
俺をミリアは綺麗な瞳でじっと見下ろした。
「……そうなのかもな」
ミリアの瞳に負けて、俺は認めた。
認めてしまえばそれはストンと落ちた。
俺は後悔していたのだ。
ああ、情けない。こんなことで悩んで、しかもそれを好きな子に相談してしまうなんて。
弱い自分なんて見せたくないのに。
「俺は、クィディッチをまだやりたかった。それなのになんでだよ。ふざけんな」
それでも絞り出してしまう俺の話を、ミリアは黙って聞いた。
そういえば何故彼女は去らないのだろう。
いつもなら確実にさっさといなくなるはずなのに。
俺はそれを思い出してまさかこれは幻想ではないかと急に不安になり、ミリアを見上げた。
ミリアは確かにそこにいた。
表情はやはり好意的なそれではなかったけど。
「ごめん。俺、ミリアに愚痴を言って」
「いいえ」
ミリアはそう言うと本棚から一つ本を手に取った。
もう行ってしまうのかと俺は寂しく感じた。
けれどミリアは本を手に取ってから俺を見ずに話す。
「よく、恨み、憎しみ、消極的、後悔などの負の感情は悪いものとして扱われますが。それは人が勝手に決めたものでその感情を否定しなければいけないなんてルールはありません。ある程度なら勝手に後悔していればいいじゃないですか」
「ミリア…」
「私はその感情を否定する気はありません、ジョージ」
「えっ?俺がジョージだって分かったのか」
俺は驚いて声を上げた。
俺はまだ名乗っていなかった。それなのにミリアに見破られていて驚いた。
驚いた俺にミリアも驚いたようにちらりと俺を見てすぐに反らした。
「…別に、分かりやすいです。脳天気がフレッドでうじうじしているのがジョージでしょう」
「……」
俺を言い当てられて嬉しかったのが、ミリアの続いた言葉で微妙なものになる。
うじうじって。じめじめに続いて俺に対する彼女の評価が酷くないか。
ミリアは思わず固まった俺を一瞥して今度こそ背を向けて本棚から去って行った。
いなくなり静かになった本棚の間で俺は膝に顔を埋めた。
ミリアとこんなに話をしたのははじめてだった。
もしかしたら前にプレゼントをしたフラワードームのお礼だったのかもしれない。
フラワードームを受け取ってもらってから他にも花やお菓子とかいろいろとプレゼントをしようとしたけど、他には何も受け取ってもらえなかったから。
きっとそうだろう。
俺は彼女と話をして、こんな情けない自分を否定されなくて。
けど彼女の自分への評価に落ち込んで。
胸中は複雑だったけど。
最初にあった胸のもやもやが軽くなっていることが分かった。
[ 136/179 ][*prev] [next#]
[mokuji]