季節は梅雨を迎えていた。
だらだらと止まない雨にうんざりしながらもゴミを出す為に仕方なく重い腰を上げる。
せっかくの祝日だというのにゴミの収集日とは何ともついてない。
いつもより数倍は憂鬱な気分で部屋の鍵を閉めた。

「おや、お早う御座いますユーリ」
ゴミ捨て場で会ったのは最早お馴染み、あの鬼畜眼鏡ことジェイド。
この夫婦がここに越してきてから半年は経つが、こいつがゴミ捨てをしてる所に遭遇した事なんてただの1度もない。
という事は、だ。
「おいおい、ついにガイから愛想尽かされたか。俺が言うのも何だがあいつは出来た嫁さんだぞ。悪い事は言わねぇ、早く実家に迎えに行ってやれ」
「会って早々失礼ですねぇ。分かりました、今度フレンにある事ない事吹き込んでおきましょう」
「…すまん、俺が悪かった。頼むからそれだけはやめてくれ…あいつの右ストレートはマジですげえんだよ…」
過去何度も味わったあの拳の威力を思い出し、ぞっとして自分の両手で震える体を抱き締めた。

「まあ今回は特別に許して差し上げましょう。その代わりといっては何ですが、あなたこれからお暇ですか?」
「あー、夕方からはバイトだけどそれまでは暇だぜ」
「差し支えなければで構いません。ガイの面倒を見てやってくれませんか?本当は私が付いているべきなんでしょうけど、
今日は生憎手術日なもので」
「そんなの全然いいけど…なに、具合でも悪いのか?」
「病気ではないんですけどね。話はガイから聞いた方が早いと思います。それでは申し訳ないですが頼みましたよ」

あのおっさんが人に頼み事とは。よっぽど体調悪いのか、ガイは。
ひとまずアパートに帰り着替えてから目の前の豪邸に向かった。チャイムを鳴らすと暫くした後に真っ青な顔のガイが扉を開けてくれる。
「よー、旦那に世話やいてくれって頼まれたから来たぜ。って、本当に具合悪そうだな。大丈夫か?」
「ジェイドが?全く、平気だって言ったのに…。わざわざ悪いな、良ければ上がって」
よろよろと歩くガイに連れられて大きなリビングに通され、どうぞと促されるままに大きなソファに腰掛けた。

「んで、どうしたよ?病気じゃないってジェイドは言ってたけど」
「何だ、肝心なとこ話してないのか。ただの悪阻だよ、悪阻」
「つわり…って、なに、妊娠したの?あの鬼畜眼鏡もとうとう人の親になっちゃう訳?」
「ジェイドはいいお父さんになると思うんだけどなぁ。案外優しいんだぜ?こうやってユーリを寄越してくれたりするし」
「まあ、うん、そうかもな。思ってたよりもいい奴だった、ような気もする…」
残念ながらジェイドの優しさについて思い当たる節は無い。曖昧な返事をするとそれを察したらしいガイが苦い笑を返した。

「ま、でも良かったな、おめでとさん。子供欲しいってずっと言ってたもんなぁ」
「ありがとう。まだあんまり実感湧かないんだけどね」
笑いながら平らな腹を撫でるガイは本当に嬉しそうだ。
ガイも俺も血の繋がった家族はいない。けれど自分は幸福なのだと笑って話してくれた時の事を思い出す。
幼い頃に事故で死んでしまった両親と姉の記憶はうっすらとしかないけれど引き取ってくれたファブレ家の人達には良くしてもらったし、何よりルークとアッシュの存在は自分の全てだったと言っていた。
そんなガイが手に入れた自分だけの家族は何物にも代えがたい幸福なのだろう。
飽きもせずに自分の腹を見つめる彼女は以前よりもずっと綺麗に見えた。

「そうだガイ、何かして欲しい事あったら遠慮なく言えよ。せいぜい扱き使ってくれ。その為に来たんだからさ」
「じゃあ遠慮なく甘えてみようかな。えーと…アイスが食べたい。何かカキ氷っぽいやつ」
「了解。俺が帰ってくるまで大人しく待ってろよ」
分かりました、と笑うガイに見送られながら豪邸を後にした。
纏わり付くような湿気と雨の中で、俺は子供の頃の自分を思い出していた。
孤児院の寒さ。置き去りにされたという劣等感。埋まらない孤独。

そんな中でフレンに出会えた事は俺の人生でもっとも意味のある事だったに違いない。
子供の頃に感じていたあの暗い感情も今では殆ど思い出さなくなっていた。
何の疑いもなくずっと一緒だと思っていたあの頃の気持ちとは少し違うが、この先もフレンといたい。
今度こそちゃんと伝えよう。
俺にはお前が必要なのだ、と。

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JG♀夫婦に憧れるというより、あんな両親が欲しかったなあ、なんてちょっと思ってるユーリさんなのでした。




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