畳の上でフレンに押し倒された体制のまま途方に暮れる。
見上げた顔はまるで能面みたいで、その表情からは何の感情も汲み取れなかった。
俺のせいでそんな顔をしているのだと思うと自分の不甲斐なさに逃げ出したくなる。

「ユーリは本当に馬鹿だよね、穢れるとか傷付けたくないとか。僕の事を美化しすぎだよ」
頭の中に鬼畜眼鏡の悪魔みたいな笑顔が浮かんだ。くそ、あいつチクリやがったな。
相変わらず能面みたいな顔のフレンがぐっと顔を近付けた。吐息が唇にかかってくすぐったい。

「僕は君が思ってるような綺麗な人間じゃないよ。こんな事が出来るくらいにはユーリに夢中だ。醜く嫉妬だってするし君の事を好きな女の子達に対して嫌な優越感だって感じてる。酷い女だろう?」

だから君は安心して僕に襲われてなよ。妖艶に微笑んだフレンは見た事も想像した事もない表情だった。
ジェイドに言われた言葉がぐるぐると頭を回る。あぁ、そうか。そういう事だったのか。
フレンはとっくに覚悟なんて出来ていたのだろう。これはフレンが自分で望んだ事なのだ。
俺はこいつを傷付けたくないなんて言っておいて、ただ自分の中の神聖なものを壊したくないだけだったんだ。

「そんな幻想の僕ばかり見てないで目の前の僕を見てくれ。僕がどれだけ君に触れて欲しいと思ってるか。抱いて欲しいと思ってるか思い知るといい。どれだけ僕が…」

そこまで言ってフレンは俯く。悲しそうに伏せた瞳からは大粒の涙が落ちていた。どうして俺はいつもこうなんだ。
誰よりも大切にしたいと思っていたフレンを自分の保身の為だけに傷付け、泣かせた。

言葉にならない歯痒さのかわりに目の前の体を抱き締める。その体は普段のフレンからは考えられないくらいに緊張で強張っていて、傍目にも分かるくらい小刻みに震えていた。

「ごめん。俺はお前の言う通り馬鹿な男だ。お前の本当の気持ちさえ考えてやれないような男だ」
(それでも愛して欲しい。許して欲しい)
その言葉は言えなかった。そんな自分勝手な事を言える訳がなかった。
そこから先はフレンが決める事だ。ふわふわの髪に顔を埋めながらフレンの言葉を待つ。

「それでも、そんな馬鹿な男でも君が好きなんだ。ユーリしか欲しくない」
そうやってフレンは俺の全てを許す。いいのだろうか、こんな俺で。じり、と心が焦げるようだった。
心の奥底にあるのは独占欲。綺麗なままのフレンでいて欲しいと願う一方で、どうしようもなくそれを壊したくなる欲望に気付かない振りをしてきた。
でも、それをフレンが望むというのなら。この欲望をすべて曝け出しても構わないというのなら。

「俺も、お前を抱きたい。お前に嫌われるのは怖いけど、でもお前に酷い事したい」
「どんなユーリだって僕は好きだよ。それに君が僕を大切に思ってくれてるのも知ってる。だから大丈夫。酷くしていいよ。痛くたって君がくれるものなら構わないんだ」

鼻の奥がつんとしてそれ以上はフレンの顔を見ていられなかった。
小振りな耳に震える唇を寄せて好きだ、と囁く。そうすると胸の上で僕の方がもっと好きだよ、とくぐもった声が聞こえた。
どうしたってこいつには敵わない、心底思い知らされた瞬間だった。




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