微糖

■アス燐
■企画提出物です


ゆらゆら、

言葉に表すなら、そうだろうか。
まるで、こちらを誘うような動きをする『ソレ』に、悪魔としての欲求が芽生え、思わず顔をしかめてしまう。
若君の鼻歌と共に、リズムを合わせるかのように無意識に動いている『ソレ』は、確かに若君の尻尾で。
自分にも尻尾はついているが、若君のそれは自分のより遥かに柔らかそうで、艶が良い。さすが父上様の血を色濃く引き継いでいるお方。
……いやいやそうではなく。いくらこの城にいる悪魔を信頼なさっていると言っても、些か不用心ではないだろうか。
我々悪魔の急所である尻尾。
もちろん此処には若君を傷付ける輩はまったくいないが、外、ましてや物質界でいつものように尻尾を出されてしまったら、色々厄介なのだ。
主に、あちら側にいる実弟様とその義理父の祓魔師。あの二人は悪魔なんかより悪魔らしい。……ああ、なんだかトラウマを思い出してしまった……。
……物質界や急所のこと云々は、若君の教育の際、口を酸っぱくして言ったつもりだったが……。
はあ、という消極的な溜め息も、今の若君には届いていない。
尻尾もそうだが、この警戒心の無さ。
虚無界の頂点である青い焔を継いだため、幾度も父上様……青焔魔様を嫌に思う悪魔達に拐われかけたと言うのに、現在、かれこれ五分間、若君は物質界の音楽をイヤホンで聞いているためか、自分に気付いていないようだ。

「若君、」

うつ伏せになり雑誌を読んでいる若君の肩に手をのせ、軽く揺する。
そこでやっと自分に気付いた若君はこちらに振りかえると、その青い目を丸くしながら雑誌を閉じた。

「アスタロト!いつから居たんだよ」

「かれこれ五分程度でしょうか。若君、裸足だと御足を冷やされますよ」

にこり、と微笑み、持っていた暖かい毛布を若君に掛ける。
この虚無界には気温という概念は無いが、上級悪魔は寒さや暑さを感じる知能がある為だ。

「別に寒くねーもん。ん? あれ、もしかしてお前がここにいるとなると……」

「父上様も来られますよ、もうそろそろいらっしゃるかと、「俺居ないって言っといてっ!」……」

突然起き上がった若君は、一番近くにあった大きな窓を音がするほど強く開け、窓枠に足をかけた。
昔父上様と何が起きたかは知らないが、若君は大層父上様が嫌い、父上様の名誉のために言うと、苦手だ、という。
かと言ってまあ、心当たりがないわけじゃない。

「いえ、しかし私が来てから大分経ってしまったのでもう来ますよーーあ」

「いいんだよ! 俺は居ないって言えよ!! 良いか!? ッひっ!?」

「りーんちゃーん? どこ行くってんだよ? 俺様が来るっつうのによ」

ああ、だから尻尾はしまうように申し上げたのに、と内心溜め息をつく。
父上様に尻尾を掴まれた若君は、心情を隠そうともせず、げっ、と言ってうなだれた。

「いきなり尻尾掴むなよ! このくそじじいっ」

「うっせえなあ、悪魔の急所は隠せっつてんだよ馬鹿息子お」

「!? ばっか強く掴むんじゃねえよ! いたたたたたッ」

悪態をつくのを止めない若君は、父上様になおも尻尾を掴まれたまま叫んだ。
父上様はその様子にご満悦である。
いつ止めに入ったほうがいいのだろうか。
止めるべきか、まだこのままにしておくか悩んだ末、いよいよ青い炎が使われ始める。
仕方ない。主たちの争いを止めるのも臣下の務め。
声を掛けようとした矢先に、部屋の扉が凄い勢いで飛んできだ。木の破片が勢いよく飛び散る。
それをいち早く察し、自分に到達する数センチのところで蹴り返した。
蹴り返す、というよりは、あまりにも力が入りすぎたため、砕けた、という言葉に近い。

「あーあ、もう少しで当たりそうだったんですケド。避けないでください」

「……アマイモン……! 貴様、これが父上様と若君に当たったらどうするっ!」

「少なくとも僕は、父上と燐に当てようなんてことはしません。それ以前に、燐ならともかく父上なら簡単に燃やせちゃうでしょう」

ああ言えばこう言う。
他にも弟たちは何人かいるが、こいつが弟の中で一番気に食わない悪魔だ。
……第一悪魔は基本的に階級に従順で、兄弟であるなら次男は長男に従い、三男は次男と長男に従うものなはず。
しかし、アマイモンだけは違った。
「とりあえず」命令には従いはするが、どうも反抗的だ。
ち、と聞こえない程度に舌を打ったはずか、どうやら聞こえてしまったようで、アマイモンは表情こそ変えないものの、片眉をぴくりと動かした。
互いから殺気が漏れる。

「おい、手前等ケンカすんじゃねえぞ。後で燐ちゃんに怒られんの嫌だからな」

「、申し訳ございません」「スミマセン」

重たい殺気が澱んだ部屋に、さらに重たい重力が掛った言葉がのしかかった。
若君はというと、父上様の手を振り払うのを諦めたようで、仕方なさそうに抱き上げられている。

「それにしても燐ちゃん軽くね? ちゃんと食ってんのか?」

「ちゃんと食ってるよ! って、そういやさ、お前等なにしにきたの」

「あん? 俺は暇だし久しぶりに燐ちゃんに愛情たっぷりの手料理を作って貰おうかと」

「僕は父上の付き添いで来ましたが待つのが、そとでまっているのが嫌になったので」

「………」

父上様はともかくこいつは……
静かにアマイモンを睨みつけるが、相手は気付いているのか無視してるのかわからない、いつもの表情のまま若君に引っ付いている。
多分後者だろうが。

「……はあ、仕方ねえな、作ってやんのは今日だけだ! あと折角だし、残りの八候王達も呼ぶからな! それでいいだろ」

重かった空気が一転、背景で例えるなら荒野から花畑だろうか、そう思わされてしまうくらい軽くなる。
父上様はというと、若君の言葉に小さくガッツポーズをしていた。

「……なあ、じじいって物質界みてえに青い空って作れる?」

「? 作れけっど、下級悪魔は明るさで確実に弱まるぜ」

「……弱るだけで死なないだろ? なあ、空作ってくれよ! このまえ物質界行って雪男達としたやつしたい!」

目を輝かせる若君に、父上様どころか私もアマイモンもウッ、と唸る。
悪魔、ましてやその頂点を継ぐ者だというのに、何故こんなにも無垢なのか。
その笑顔は、悪魔どころか天使とよぶに相応しい。
父上様は、今回だけだぞ、と言いつつ、先程よりも満悦した笑みを浮かべながら若君の頭を撫でている。
どさくさに紛れてアマイモンも撫でているのはどういうことだ殺すぞ!
さっそく準備に取り掛かるために外に出ていく父上様に続き、八候王達を呼びに行くためアマイモンもそれに続く。
自分達も外に出ようとアマイモン(決して私のせいではない)によって壊された扉の外へと出た。
窓の外では、虚無界にはない、あの物質界の空が少しだけできているように見えた。微かに青い。

「若君、何かお手伝いしますが何かありますか?」

「んー、そうだなー飲み物とか……セッティング頼めるか?」

「かしこまりました」

頷いて見せると若君はにこと笑いながら続ける。

「俺なー、アスタロトが作った紅茶好きなんだ! 甘くて、超俺好み!」

ひどいめに合わされた後も、出されたままの尻尾が嬉しそうに振られていることから、それが嘘の言葉でないとわかる。

「……では、精一杯美味しいものを作らせていただきますね」

そう声をかければ、元気に頷いてみせた若君はそのまま小走りで厨房へ駆けていく。
本当に、悪魔と呼ばれるより、天使と呼んだ方が似合う人だと思う。
しかし、鈍くて他人の気持を振り回すところが、なんとも悪魔らしい。

(好き、か)

それは勿論、己がいれた紅茶に向けられた言葉だというのは知っている。

「、本当に酷い方だ」

一つ自虐的に笑むと、どこからか腐臭と魍魎がまきおこった。
さて、私は若き主のため、とびきり甘い紅茶でも用意しよう。

微糖


企画「devil tail?」さまに提出させていただきました!
美味しい作品がいっぱいあってお腹いっぱいです(モグムシャァ……
ありがとうございました!

(2012.09.23)
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