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第58球

試合後、桐生選手と合同練習をすることになった。試合の反省点が山ほどあるしこのタイミングで練習できるなんて有難い。夏大会まで時間がないし、それまでにもっともっと上手くなりたい。そんな想いでグラウンドに向かっていたのだが、途中で眼鏡に肩を掴まれ「お前はこっち」と半ば無理矢理ベンチに座らされた。

「何すか?早く練習したいんすけど」

「駄目。お前、今日はもう休め」

「はぁ〜!?嫌に決まって…っ、え、」

眼鏡の制止を振り切って立ち上がろうとしたが、思った以上に足に力が入らず直ぐには立ち上がれなかった。

「やっぱりな。足に力入らねーんだろ」

「今のは…ちょっと気抜いてただけで」

大した否定もできず、気まずさで視線を逸らす。そのまま俯くと頭に大きなため息が降ってきた。

くそ、なんで足のことバレてんだ?確かに試合で転んだときも力が入らなかったし、それ以降もずっと違和感があった。合宿5日目を終えた時と同じような疲労感。たった1試合しただけでこんなになるなんて情けなくて言えなかった。

「とにかく!俺まだやれます」

「はぁ…お前、本当俺の言うこと聞かねーな」

「別にあんただから反発してるわけじゃないです」

「はいはい。夏坂先輩呼んどいたからちゃんとストレッチしとけよ。お前時々やってねーだろ」

「なっ、」

こいつがいなくなったらしれっと練習に混ざろうと思っていたのに、夏坂先輩に側に居られたら抜け出すこともできない。頭が上がらないのをわかっているからこそ呼んだんだろう。どうして眼鏡にそこまでされなきゃいけないんだ。別に俺が練習に参加してもしなくてもこいつには関係ないはずなのに。

「あと膝も見てもらえ」

擦りむいてんだろ。と続ける眼鏡の鋭さにゾッとする。実際に見てはいないけど確かにずっとヒリヒリ痛む感覚はあった。というか、ヤバい。このままじゃ本当に練習させてもらえなくなる。

「あの、俺まだ」

「だーかーら、何でわかんねーかな。迷惑だっつってんの。へろへろのやつが混ざってると色々気遣うだろ」

「っ、なんでいつもそういうこと…」

くそ、やたら構ってくると思ったらまたこれか。確かに今の俺じゃ皆と同じ練習についていくのがやっとかもしれないけど、ここで休む方が後々迷惑かけるだろ。そう言いたいのに眼鏡はすでに踵を返していて飲み込むしかなかった。

「あいつの世話、お願いします」

「それはいいけど…お前また何か言った?なんかあっちの方から負のオーラが…」

「ああでも言わないと絶対混ざろうとするんで。夜には開き直って練習しはじめると思うけど…」

へばってるときに「今のお前じゃ俺たちについて来れないだろ」的なことを言われるのが一番堪える。多分、眼鏡はそれをわかった上で言ってるんだ。試合後にちょっと褒めてたじゃん。あれはなんだったんだよ。

「氷上、大丈夫?膝見せてみ」

「……すみません。擦ったみたいで」

「ん、それくらいで済んで良かった」

結構派手に転んでたもんな〜と普段通りにこにこと笑う先輩を見ていたら少しずつ力が抜けていった。

案の定、膝は皮が少しめくれていて血が滲んでいた。受け身も何も取れずに突然転んだ割には軽傷だと思う。先輩の言う通り、これぐらいで済んで良かった。

「……あいつって、俺のこと嫌いなんすかね」

ストレッチをしながらちょっと気になっていたことをぽそりと呟く。

「なに、何か言われたの?」

「そういうわけじゃないんですけど、いつもいつも俺の力不足を指摘してくるから…。別に嫌われるのはいいんです。俺あいつにはすげえ生意気な態度ばっかり取ってるし、俺だって好きじゃねーし。けど、選手として全く評価されてないのはむかつく」

こんなこと先輩に話したって仕方ないのに一度溢し始めたら止まらなくなってしまった。俺、あいつに評価されてないのが嫌だったの?口にして初めて気が付いた本音に無性に恥ずかしくなってくる。

「んー、そうかな?あいつは期待してないやつにはもっと無関心だよ。だから氷上には期待してるんだと思う」

「そうなんですか……?」

「うん、あとお前みたいなやつって後先考えずに練習して故障しやすいからあいつなりに心配してるんじゃないかな」

「心配?眼鏡が俺を…?」

心配…というよりは俺が怒ったり落ち込んだりするのを見て楽しんでいるように見えるんだけど。

「とにかくお前は絶対伸びるから。焦らず、今日はしっかりストレッチしような」

「……はい。ありがとうございます」

姿勢を正して頭を下げる。練習試合は明日もあるんだ。先輩の言う通り、今はしっかり柔軟して明日に備えよう。いけそうだったら夜ちょっと走るか。

その日の晩、眼鏡が部屋にいないのを良いことにこっそり走り込みをしていると運悪く自主練中の眼鏡と倉持先輩に鉢合わせた。

「氷上!お前は程々にしとけよ!」

すれ違い様に声をかけられたが昼間の出来事がちらついて、目を逸らし軽い会釈のみでやり過ごしてしまう。

「お前、あいつにも何か言ったのかよ?ヒャハハ、どんどんチームメイトに嫌われてくな」

「別に嫌われたっていいんだよ。あいつ放っといたらすぐ自滅しそうだし」

幾らなんでも失礼すぎたか?眼鏡に言われた通り練習を休んだお陰で足の違和感は消えていて、明日も全力で臨めそうだ。無理を押して参加していたら明日の試合に影響があったのかもしれない。……やっぱり何か一言くらい言った方がいい、かも。

「お、戻ってきた」

「今日は、その…」

「ん?」

あ、だめだこれ。改めて言おうとするとなんて切り出していいかわからないし、なんかやたらと恥ずかしい!

「なんだよ」

「〜っ、な、んでもない!」

心配かけてすみませんでした。一言、それを言いたくてわざわざ戻ったのに結局言えなかった。

「なーんか氷上ってお前相手だとキャラ違うよな…」

「はっはっは!やたら嫌われてっからな」

「(嫌われてる…とかじゃねーと思うけど、ま、別にどうでもいいわ)」

はーーくそ、調子狂うな。今日はもう少し走ったら明日に備えて早めに寝よう。




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