Spring | ナノ
猫と脚立と先輩
(20万企画再掲)
俺の高校生活は部活を中心に回っている。部活以外の時間も部員とばかり一緒にいるし、そろそろ社交性というものを身につけないとまずいかもしれない。授業の前後は大体後ろの席の降谷と話しているし、教室移動もそれに春市が加わるだけだし、昼飯も同じ面子だし、話す内容も野球に関わることばかりだ。
降谷の交友関係は俺と似たり寄ったりだけど春市は誰とでもすぐ打ち解けられるし、隣のクラスの沢村も野球部以外にも友達が多い印象がある。見習わなきゃなと思う反面、現状で満足している自分もいるから、しばらくはこのままなんだろうなぁ、なんてことをぼんやり考えながら自動販売機に向かって歩いていると、一緒にいた春市が足を止めて中庭の方に視線を向けた。
「あ、栄純くんだ」
「ほんとだ。おーい、何してんの?」
茂みの中を覗き込んだり塀を見上げたり落ち着かない様子の沢村に声をかけると、沢村は「ちょーどいいところに!」と駆け寄ってきて事情を話し始める。
「この辺にいつも太った猫がいるんだけど知ってるか?いねーと気になっちまって」
これくらい…と手で猫の大きさを表す沢村。猫にしては結構大きい。ここ、毎日通るのに猫が居着いているなんて全然知らなかった。
「ごめん、知らないや。どっか隠れてんのか?」
「うーん。太ってるならどこかで飼われてるんじゃないかな?今は家に帰ってるとか?」
「でも首輪してねーんだよな。ここでいろんなやつらに餌もらって太ってんのかと思ってたんだけど」
みんなで一緒に茂みの中を覗いたり、自販機の下を見たり、猫の姿を探してみたが見つからなかった。やっぱり春市の言うように今はこの辺りにはいないのかもしれない。
「ねえ、それ長くなる?寝てていい?」と早々に匙を投げた降谷が柱にもたれかかりながら瞼を閉じる。沢村が「お前ー!他人事だと思って!」と食ってかかると、面倒そうに僅かに瞳を開けた。
「そのうち出てくるよ…」
はぁ、と溜息を吐いてもう一度目を瞑る降谷に「もうお前には頼まねえ!」と怒りながら再度猫を探し始める沢村。仲良くしような…。
「あっ!栄純くん、悠くん!あそこ!」
春市の視線を辿ると、木の上でがたいの良い猫がぷるぷると震えていた。
「長老!!!」
「(長老って呼んでんだ!?)」
いや、そんなことはどうでもいい。それより、あの震え方はどう見ても怖がっている。猫にあるまじき事態のような気もするが、登ったらいいものの降りられなくなってしまっているんじゃないか。
「降りられねーんだ!助けねーと!」
「この木、足引っ掛けるとこねーし俺たちが登るのは難しそうだよな。何か使えば届きそうなんだけど…」
幸い、そこまで高い木ではない。梯子とか脚立とかそういうものがあれば手が届きそうだ。
「よし春っち!俺の肩に乗れ!!!」
「乗らないよ」
沢村もあと少しで届きそうだと感じたのか春市にそう提案したがすっぱりと断られていた。けど、本当にあと少しなんだよな。まだ授業までは余裕があるし、脚立探してくるか。
「沢村、俺脚立取ってくる」
「おう!悪い、サンキューな!」
すぐに職員室に向かい、事情を説明して脚立を貸してもらった。それを運んでいると、目の前から見慣れた2人組が歩いてくるのが見えてくる。部活以外では会いたくなかったが、逃げる場所もないので仕方なく会釈をした。
「お、氷上じゃん」
「何だそれ。脚立?」
「猫が木から降りられなくなってて困ってるんで今から持っていくんです」
「あー長老。まーた困ってんのか」
「降りれねーのに登るから」
先輩たちの口ぶりだと今回の事態はそう珍しいことではないようだ。その度に通りがかった生徒や先生に助けてもらっているらしい。
情報収集もできたしそろそろ別れようと思って「じゃ俺はこれで」と再度会釈をしたのだが、どういうわけか2人はそのまま俺の後をついてきた。なんでだよ教室戻れよ…
「おーい!持ってきたぞ」
「早かったな…って…あれ」
なんでこの人たちがここに?と言う目を向ける沢村に首を振る。そんなのこっちが聞きたい。
「お前ら部活以外でもつるんでんだな」「他に友達いねーの?」と完全にブーメランなことを言う先輩たち。食ってかかると倉持先輩あたりに蹴られそうだったので、やんわりと笑って流して猫の救出に取り掛かった。
「ほら、長老ー!助けに来たぞ!」
脚立に登り、長老に向かって手を伸ばす沢村。風が吹くとそれだけで脚立が少し揺れる。その不安定さにそのまま倒れるんじゃないかと心配になったが、沢村は何も怖くないみたいで脚立の一番上に立ち、大きく両手を広げた。
「来い!」
沢村や猫が倒れてきた時のために一応俺も手を広げておく。「支えられんの?」と笑う眼鏡を「当たり前だろ!」と睨みつけると更に笑みを深められた。うっぜ。
「あっ!お前、ズレて…!」
「っ、降谷起きろ!」
「えっ」
猫のジャンプは沢村の手をすり抜けて、その奥にいた降谷の方に向かっていった。降谷は寝る、と言いつつ意識はあったみたいでギリギリのところでキャッチに成功する。
「あ、あぶな…びっくりした…」
「降谷くんナイスキャッチ…」
「よく捕った!無事でよかった…!」
長老はこれだけ周りを騒がせているのにも関わらず降谷の腕の中で気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「呑気なもんだな」
倉持先輩が頭をツンと弾くと長老は少しだけ目を開けたが、またすぐに眠りに入ってしまった。
「降谷、俺も抱っこしたい」
「うん…貰って…。ねむい…」
「悠くん、猫好きなの?」
「好き」
温もりが心地良いのか一緒に寝てしまいそうな降谷から猫を受け取って、膝の上に乗せてみる。あったかくてふわふわで見てるだけで日頃の疲れが浄化されていくような気がした。
「長老、かわいいだろ」
「うん、かわいい。ほら長老。こいつが助けてくれたんぞ」
猫を抱きあげて沢村の方を向いてもらう。沢村を見ると長老はみゃあ、と小さく鳴いた。それがまるでありがとうと言っているように聞こえて、その微笑ましさに思わず口元が緩んだ。
「もう高いとこに登んなよ」
猫に言っているとは思えない台詞を吐きながら慣れた手つきで長老を撫でる沢村。相当人馴れしているのか、これだけ色んな人が撫でても長老は嫌そうな素振りすら見せなかった。
「でも不思議だよね。野良なのにどうしてこんなに太ってるんだろ?どこかでご飯貰ってるのかな?」
「ここに長老を愛でる会っつーのがあるんだよ。そいつらが担当決めて毎日餌やってる」
やたらと長老に詳しい倉持先輩に「会員なんですか?」と聞こうと思ったが、なんとなく拳が飛んで来そうだったのでやめておいた。
「青道のアイドルですね」
「お前が?」
「長老が!!!」
代わりに当たり障りのないことを言うと、すぐさま眼鏡が半笑いで口を挟んでくる。その内容にイラッとして睨みつけるが毎度のことながら眼鏡には怖くもなんともないみたいで「はっはっは」と朗らかに笑われた。
学年が違うから一緒の教室で授業を受けることは免れているけど、こんなやつと同室だと思うとうんざりする。わざと聞こえるように溜息をついてみたが、多分それすらも面白がっている。メンタルが鋼すぎて勝てる気がしねえ。
「悠くん、完全に遊ばれてるね」と笑顔でとどめを刺してくる春市にちょっと泣きそうになった。
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