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第51球

今日は待ちに待った大阪桐生戦。俺は昨日あれだけ不甲斐ない姿を見せたにも関わらず何故かスタメンで出場することになっていた。代打で出られれば上々だと思っていたから心の準備は全く出来ていないけど、選んでもらったからにはやるしかない。

朝一で昨日迷惑をかけまくったであろう人たちに謝罪行脚をして周り、残るは伊佐敷先輩とお兄さんのみ。先程から探しているのだが見つからなくて困っている。

「氷上、ちょっとこっち来い」

「?なんすか」

「今日、俺が良いっていうまで降谷に声かけるの禁止な」

それどころではないのだが、眼鏡に手招きされたので仕方なく寄っていくと、ガシッと腕を首に回されてこっそりと耳打ちされた。

「はぁー?嫌ですけど」

「はっはっは!お前ほんっと可愛くねぇな!いいか?これも作戦の内なワケ」

聞く耳を持つ気もなかったが、作戦と言われてしまうとそうも言っていられない。「どういうことっすか?」と眉間にシワを寄せながら尋ねると眼鏡は「ちょっと考えりゃわかんだろ?」と楽しそうに笑った。

「今日あいつどうなると思う?」

「……まぁ…相手も相手ですし…打たれるかなとは思いますけど……」

「お、ちゃんとわかってんじゃん」

「でも守備でフォローすればある程度は…」

「まぁな。けど、せっかくの機会だから今日はあいつに自分の弱点に気づいて貰おうと思ってんの。だから俺が合図するまで余計なことすんなよ」

「………お前ってほんと性格わるい」

「はいはい。褒めてくれてありがとなー」

眼鏡は俺が渋々頷いたのを見て満足気に笑い、髪をくしゃっとかき混ぜる。イラっとしたのでその手を思い切り振り払ってやった。

降谷の武器の1つは常人離れした球威。今までは相手がその球威に驚いて外れたボールを振っていた場合も多かった。だけど疲労がたまった今の状態ではいつものような球威が出せず、余裕が出来た相手に自滅を待たれたり、甘い所に入った球を狙われたりするだろう。

だからこそ、これを機にコントロールの大切さを身をもって学ばせたい。それはわかる。わかるけど、やりたくねえええ。

「お、いたいた。よー氷上」

伊佐敷先輩の声を聞いて反射的に背筋が伸びる。振り向けば先輩の隣にはお兄さんもいたので慌てて駆け寄って先日の非礼を詫びた。

2人はそれは割とどうでもいい…みたいな表情をしていたのでその話題はそれで終わりにして、先輩たちの要件を聞く態勢に入る。

「お前今日スタメン入りなんだってな。随分監督に気に入られてんじゃねーか」

「まだまだ出来ないことばっかなのにね。1年のくせに恵まれすぎ」

「っ、」

影ではきっと反対されているのだろうとは思っていたけど、まさかこのタイミングで面と向かって言われるとは思っておらず言葉に詰まる。

「覚悟、できてんだろうなァ」

ーー覚悟。この人たちと同じ土俵で戦う覚悟。先輩たちの3年間を背負う覚悟。他にも色んな意味を持つ言葉。その重みに耐え兼ねて、思わず唾を飲み込んだ。

上手い言葉が見つからず、ただ先輩たちの目を見て力強く頷いた。この問いに自信を持って頷けないようじゃ、この人たちと一緒に戦う資格なんてない。

「…じゃ、とりあえず今日は全打席出塁な」

「盗塁も決められるよね。スタメンだもんね」

そう告げるお兄さんの目は全く笑っていなかった。大阪桐生相手に全打席出塁。加えて大の苦手である盗塁も決めろ、と。

そんな無茶を本気で言っているのだと理解し、血の気が引く。涼しい顔でなんて課題を課してくるんだ。

「それくらい、やれるよね?」

「う、うす!やります!!!」

「じゃあ早くアップしてきなよ。もうすぐ試合始まるよ」

「はい!失礼します!」

うおお…こええ…やりますなんて言っちまったけど出来る気がしねーよ…。とにかく、俺の打席までに相手の球をよく見てイメージ練っとくか。

「どう思う?氷上のスタメン入り」

「………まァ、妥当なんじゃねぇの。気楽にヘラヘラしてたらどついてやろうと思ってたけどよ」

「俺たちにとって、選ばれなかったやつらにとって、この夏の大会がどういう意味を持つか、ちゃんとわかってるみたいだったしね」

「けど、納得できねーやつらの気持ちもわかる。あとは自分で活躍して認めさせるしかねーな。打たなかったら殺ーす!」

降谷には声をかけない。全打席出塁。盗塁を決める。先輩から受けた3つの試練を全て突破して、先輩たちにも監督にも俺をスタメンに選んでよかったって思って貰えるように頑張らねーとな!

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