Spring | ナノ
意外な武器
(御幸視点で49話番外編)
倒れたきり動かなくなった氷上の元に部員たちが揃って駆け寄っていく。うつ伏せだった身体を仰向けにすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。寝てんのかよ!!
俺たちの心配をよそに、ボールを捕れたことがよっぽど嬉しかったのか、とても幸せそうな顔で眠る氷上。周りとの温度差にじわじわと笑いがこみ上げてきて、思わず口を手で覆う。
「ヒャハ!こいつマジで寝てんじゃん!」
「おい氷上!どこで寝てんだ!起きろ!!」
「はっはっは!やっぱこいつ面白えわ!」
倉持が蹴っても、純さんが叩いても起きる気配がなくムニャムニャと何やら呟いている氷上。ついに堪え切れなくなって腹を抱えて笑い始めた。
「全部出し切ったんだな」
「まあ一年にしては頑張ったかもね」
「意外と根性あんだよな、こいつ」
おーおー先輩たちの株だだ上がりじゃん。よかったな氷上。色々悩んで、お前なりに頑張ったもんな。
まあ最後の最後に倒れちまうのはちょっと格好悪いけど!…なんて言ったらキレられるか。
「ぐっ、持ち上がらねえ…腰が…!」
なんだかんだ優しい純さんが氷上を持ち上げて運ぼうとするがすぐに腰を押さえて座り込む。いくら細身の氷上相手とはいえ、あのノックのあとに大の男運ぶのは厳しいよな。
「御幸、ベンチまで運んでやれ」
「うっす」
監督に促され、氷上を背負う。まあノック受けてないの俺ぐらいだもんな。仕方ない仕方ない。
「うわ重!こいつやっぱ男だわ…」
氷上の体重は合宿の疲れが溜まった俺の足腰にダイレクトに響いた。身体もほせーし、もっと軽いものかと思ってたけど…普通に重いし…
氷上をベンチに寝かせると、出るに出れなくなっていた一年三人組とマネージャーが心配そうに様子を伺いにきた。
「おーい、氷上ー大丈夫かー?」
「全然起きないね…死んでる?」
「寝てるだけじゃないかな…」
噂はあっという間に広まり、寝ている氷上の元にどんどん人が集まっていく。
「わ、私タオル持ってきました!!」
「うわ!本当に寝てるし!疲れてるのに、こないだも夜遅くまで素振りしてたから…」
「全然やめねぇんだよな…もっと驕ってサボればいいのによ」
マネージャーに東条に金丸…だっけか。集まる人だかりの中にはレギュラー以外の一年や二年生もいて。こいつ、意外と人望あるんだなと感心する。
氷上には自分のことを後回しにしてでも他人を優先してしまうところがある。優しいのはいいことだけど、こいつの場合はそれでチャンスを逃すことも少なくない。損な性格だよなぁ…なんて思っていたけど、その優しさは「敵を作らない」という形でしっかりこいつの武器になっているようだ。
「お前ら、いつまでサボってる気だ?」
ガヤガヤと統率を失っていた俺たちだったが、監督の声で我に帰る。あ、やべ、まだ練習終わったわけじゃなかった…
「最後にグラウンド20周!元気に声出していけ!」
「はい!!!」
あークッソ、いいなー氷上。ここにきてグラウンド20周は超きちー。ま、ここで投げてたら先輩の威厳なんてあったもんじゃねーし、声出していくか!!
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