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第41球

投球練習に付き合うと言ってからの降谷の行動の早さには目を見張った。どこからか必要な物を全て揃えてきて、それを俺に差し出すまで多分5分も掛かっていなかったと思う。

最初から全力で行こうとする降谷を何とか止めて、キャッチボールから始めさせる。にしても何でこいつこんなに生き生きしてんだろ。投げるの久しぶりだから?

あれ?そもそも何でこいつ最近投げてないんだっけ。何か大事な事を忘れてる気がする。

「ねえ」

「!、…何?」

「そろそろ本気で投げて良い?」

「あー…うん。もう大丈夫だろ」

そう言いながらグローブを外して、ミットをつける。ちゃんとミットまで用意してる辺り降谷も抜かりないよなあ。そういうのを普段の学校生活にも活かしてほしい。

大体こいつ宿題やらなすぎなんだよ。授業もいつも寝てるしちゃんとついてけ…って、いやいや保護者か俺は。

「じゃあ好きに投げろ」

「うん」

降谷は頷くと早速モーションに入った。放たれたボールは相変わらずバカみたいに速くて重い。捕るのがやっとだ。

こんな球を投げる上に、性格はいつでもマイペースで全力投球大好きと来た。この投手をコントロールするのは骨が折れそうだなあ…と、捕手陣にちょっと同情する。

「ナイスボール」

ボールを投げ返すと降谷はそれを取り零した。しかし直ぐに取りに行くことはせず、ただじっとこちらを見ている。

「おーい…降谷。早く拾わねーとボール遠く行っちゃうぞー」

「…やっぱりキミは僕の球捕れるんだね」

「は?あ、ああ…捕るだけしか出来ないけどな。それよりボール!」

「……拾って来る」

今の確認は一体何だったんだろう。もしかして、捕手でもない俺に捕球されるのに抵抗があるんだろうか。…いや、それはないか。そんな風に思ってたら投球練習に付き合ってくれなんて言わないだろうし。

降谷はボールを拾うと直ぐにモーションに入った。さっきまでのやり取りはあいつの中ではなかった事になっているらしい。

「ナイスボール」

それから暫く降谷のボールを取り続ける。無我夢中で投げる降谷を見て、少し安心した。体力作りが好きじゃない降谷がランニングなんて始めるから、何かあったんじゃないかって思ってたけど大丈夫そうだ。

「ナイスボール!」

「…あ」

「(こいつ全力投球よりキャッチボールの練習した方が良いんじゃねーの…)」

本当に不思議で仕方ない。自分自身がダメージを受けてしまうくらい速くて重い球を投げられるのに何でキャッチボールは出来ないんだろうか。

…ん?自分自身がダメージを受ける?

「あっ」

「?」

「降谷…。お前今投げ込み禁止期間だろ」

「…っ、(……バレた)」

すっと視線を逸らす降谷を見て確信した。

「う、わ…すっかり忘れてた。全力投球させちゃったよ…やべー…監督にバレたら絶対怒られる…」

「大丈夫だよ。だから続き…」

「やらねーよ!」

「(ガーン!)」

ショックを受けてる降谷に近寄っていき、その手からグローブを抜き取る。

「…まだ試合終わってないのに」

「お前の投げ込み禁止期間も終わってないだろ」

「でももう爪治ったよ。ほら」

「いやそういう問題じゃないから…」

すっかり元に戻った爪をこちらに見せてくる降谷にそう返すとあからさまに不貞腐れた。

何かこいつ今日はいつにも増して投げることに執着してるな…。もしかして、こいつもあの試合を見て何か感じるものがあったのかもしれない。俺みたいに不安になったりとかしてんのかな。

「降谷」

「なに?」

「お前もさ、不安になったりとかすんの?」

何の脈略もない質問だったからか、降谷はすぐには何も返さなかった。少しの間のあと、小さく口を開く。

「お前…も?」

「…っ」

や、べ…。使う助詞完全に間違えた。まさかこいつにこんな細かいところをつっこまれると思わなかった。どうしよう…今ならまだ誤魔化せるか…?

「いや今のは」

「何か悩んでるの?」

口調は疑問系だけど、どこか確信を持ったその言い方に、誤魔化すのは無理だと悟った。

「…お前やけに鋭いな」

「さっき御幸先輩と話してるの聞いてたから」

「は?!あれ聞こえてたの?!」

「うん」

…最悪だ。自分が本当に一軍に居ていいのかわからないなんて格好悪い悩み、同じ一年には知られたくなかった。特に、降谷。俺と同じ状況に置かれてるお前だけには絶対知られたくなかったよ。

「僕で良かったら話くらい聞くけど?」

「はは…。何かこれすげー既視感」

そういえば降谷と初めて話した時も独り言を聞かれて相談に乗って貰ったんだっけ…。

「じゃあさっきの質問の答えだけ聞かせてよ」

降谷にだけは知られたくない。そう思っていたけど、ていうか今でも思っているけど、降谷が今の状況をどう思っているのか気になっていたのも事実だ。全てがバレてしまった今、聞かない手はない。

「しない」

「はは…さすが」

即答する降谷に思わず苦笑いを浮かべる。

「けど…自分が沢村より優れてるとか、エースに相応しいとか…そういう風に思ったことは無いよ」

「!、そう…なのか?」

「うん。ただ誰にもマウンドを譲りたくないだけ。他の人が投げてるところなんて見たくないし」

なるほど…。実力が伴っているかどうかは抜きにして(降谷は実際伴ってるけど)、単純にマウンドを譲りたくない。降谷にあるのはそれだけだ。

「キミは違うの?」

「え?」

「初めて会ったとき、キミも試合見に行くのサボってたよね。だからてっきり僕と同類なのかと思ってた」

「………」

俺が、降谷と同類。その意味を少し考えてみた。そもそも俺は東京まで来て何をしたかったんだっけ。やるからには本気でやりたい。試合に出て、色んなやつの球を打ちたい。そう思ってここに来た。

そうか…意識していなかったけど、俺の中じゃ一軍になることは目標じゃなくて前提だったんだ。

降谷もそうなんだよな。一軍に居なきゃ肝心の場面でマウンドに立たせて貰えない。相応しいとか相応しくないとかそういうことじゃなくて、一軍に居なきゃやりたいことが出来ないから、一軍にいるしかないんだ。

「…ははっ、同じじゃん」

「?」

「俺とお前、同類かも。俺もせっかく東京まで来たんだから色んなやつの球打ちたいって思ってる。応援も嫌いじゃないけど、やっぱり自分でやるのが1番だよな」

選ばれた理由とか、相応しいかどうかなんてどうでも良い。それは周りが決めることであって、俺が決めることじゃない。

俺に出来るのは強くなって、自分の満足行くプレイをすることだけだ。そうすればいつか周りも認めてくれる。

何だ、そっか。こんな簡単な事だったんだ。そういう純粋な気持ち、最近ちょっと忘れてた。

「ありがとな、降谷」

「え…?解決したの…?」

「おう。お前のお陰で解決した」

そう言って笑うと降谷は不思議そうに首を傾げた。無意識なんだろうけど、降谷の言葉は俺が求めている答えに近いことが多い。悩みがバレたのは想定外だったけど、まあ結果オーライかなと思い直した。




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