Spring | ナノ
第39球
降谷と共にグラウンドに着くとちょうど沢村がマウンドに上がるところだった。あいつは練習通り右のカメを意識した投げ方をしていて、黒士舘のバッターはことごとくタイミングを狂わされていた。
やっぱりあいつのクセ球はすごい武器になる。まだまだ不安定で四球も死球も多いけど、なんだかんだまともなヒットは打たれていないし。
「あの人誰?」
降谷の視線を辿っていくとクリス先輩に行き着いた。
「クリス先輩だよ。沢村も眼鏡も尊敬してるからすごい人なんだと思う。あとはお父さんがなんとかアニマルっていう著」
「おわあぁ!アニマルだァ!」
俺の言葉はあちこちから聞こえるアニマルコールに掻き消されてしまった。どうやら本人が来ているようだ。クリス先輩が試合に出ていることを知ってわざわざ見に来たんだろうか。
「ゆ…優…なんでお前が試合に!?わ…悪い予感がしていたんダ。やはりこの学校はウチの息子をつぶす気なんだナ!お…おい優!」
「まだまだ試合はこれからだ!しまっていくぞー!」
「はははっ!クリス先輩大きな声出るじゃないっスか!けどちょっと声裏返ってましたよ」
「うるさい。お前はちゃんとミットに投げることだけを考えろ」
「は、はい!」
沢村の表情がキリっと引き締まる。今更だけど沢村、クリス先輩とバッテリー組めてるんだ。ずっと組みたがってたし、今すげー幸せだろうな。よかったな。
「(なっ、振り遅れた?この程度のボールに?)」
打者のボールがふわあっと後ろにあがる。恐らくフェンスギリギリに落ちるであろうボール。公式戦じゃないしここは見逃しても良い場面だ。だけどクリス先輩は迷いなくボールに向かって走り出した。
「…すご」
「ははっ、変わってねェ。たった1つのアウトを取ることにひたすら貪欲でチームを勝利に導こうとする姿…。あれがクリス先輩のプレースタイルなんだ。お前ら初めて見ただろ?」
いつの間にか隣にいた眼鏡がこちらを見ながらニっと笑った。その顔が見たことないくらい嬉しそうで心の底からクリス先輩を慕っていることがわかる。
「益々不安になったか?」
「は?何の事ですか」
「自分が本当に1軍に居て良いのか、まだ悩んでんだろ」
「……!」
とんでもないことをさらりと言われて絶句する。おいおい今の降谷聞いてないよな?……聞いてないよな?!こんなだっさい悩み、同じ1年には絶対に聞かれたくない。
ちらりと降谷を盗み見たが相変わらずの無表情で何を考えているのかいまいちわからなかった。あの瞬間、いつもみたいにボーっとしていたことを祈るしかない。
「あ…打った」
「打ったな…」
そんなことを考えていたらクリス先輩がレフトへ火の出るような当たりを放った。打ってよし守ってよし。おまけに経験も知識も信頼もある。こんなん…どう考えても敵わねーよ。
眼鏡は俺に一軍に選ばれるような何かがあると言っていたけど、結局それが何なのかは一晩考えてもよくわからなかった。春市辺りに聞いたら教えてくれるかもしれないけど、でもそれじゃ意味がないことはわかっている。自分で見つけて、それを自信に繋げてこそ意味があるんだ。
「はぁぁぁ…」
しゃがみ込んで溜息を溢す。色々考えたら頭がパンクしそうになった。
中学の時はずっと最高学年だったし人数も少なかったから、試合に出られない人の気持ちなんて考えたことなかった。だけどここではそういうわけにはいかない。実力はあるのに出られない人が山程いる。そのことを考えると俺にはまだ一軍は早い気がしてならない。
「…どうかした?」
「いや…。暑くてバテただけ」
頭上から降谷の声が降ってくる。顔を上げてへらりと笑うと降谷は「今日そんなに暑い…?」と首を傾げた(ちなみに今日は快適な気温だ)。
試合を見たい気持ちはあるけど、今皆の活躍を見たら漠然とした不安…っていうか、焦りみたいなものを煽られるだけのような気がする。あーあーかっこわる。
「俺ちょっと走ってくる!」
「え…。…って、足はや」
一回思いきり走って雑念振り払ってこよう。降谷にそう告げてからランニングを開始した。
♭|#
←