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第24球

目の前には眼鏡。斜め前には倉持先輩。そして隣には降谷。降谷はまあ良いとして…なんだこの席は。先輩が近くにいると監視されている気分になるから離れて欲しい。

おまけにさっき倉持先輩から一軍昇格祝いパート2とか訳のわからない理由でご飯を半分くらい追加されて、気分は最悪だ。

「あ、悠君ここにいたんだ」

「おー春市…」

「大丈夫?顔真っ青だけど…」

「3杯半も食べさせられたんだぞ…。そりゃ青くもなるよ」

さりげなく倉持先輩に対して嫌みを含んでみたが、まるでダメージはなかったようだ。ヒャハハ!という柄の悪い笑い声が斜め前から聞こえて来た。

「増子さんなんて毎回6杯くらい食うんだぜ?それに比べりゃ少ねー方だろ!」

「基準がおかしいんだよ!」

「悠君、タメ口駄目」

「……っ」

まだまだ文句はあるけど敬語を使う気分にはなれなかったから大人しく黙ることにした。すると今まで黙っていた眼鏡が突然余計なことを言い始める。

「増子さん。氷上が増子さんのこと異常だって言ってますよ」

「な…!」

「………」

視線を向けた先にいたのは沢村と同室の先輩で、こちらを見てショックを受けたような顔をしている。そうか…この人が増子先輩か。先輩の食欲についてはよく御幸先輩に聞かされている。

「ち…違うんです!今のはこいつがテキトーに言っただけで…!俺はむしろ先輩の食欲尊敬してますから…!」

「ヒャハハ!食欲尊敬してどーすんだよ!」

「悠君もっと考えて喋った方が良いんじゃないかな」

「………」

自分なりに精一杯考えて喋ったし、嘘もついていない。それでもつっこまれ、呆れられるってことはやっぱり俺の発言は何かがおかしいのだろう。よくわからないけどとりあえず増子先輩にはあとで謝っておこう。

「そういえば悠君一軍に昇格したんだよね?おめでとう!」

「おう、ありがとう」

「監督の伝え忘れだったの?」

「違う。こいつの伝え忘れ」

眼鏡を指差しながら言うと、春市は「一応先輩だから…」と小さく呟いた。

「忘れたんじゃなくて敢えて言わなかったんだよ。監督に直接言われて嬉しかっただろ?」

「俺としては事前に言って貰った方が嬉しかったですけどね。心の準備もできるし」

「はっはっは、それじゃつまんねーからな!」

「(…最低だよこいつ)」

はぁ…と溜息を吐いて俯くと、誰かが俺の前に水を置いてくれた。見上げると夏坂先輩が優しく微笑んでいて荒んだ気持ちが浄化されていく。

「一軍昇格したんだってな。おめでとう」

「先輩…俺先輩と同室なのが唯一の救いです」

「…探せばまだまだあると思うぞ」

「そうですかね…」

きっとそう言った俺の顔は大分死んでいただろう。なんだ?俺もしかして病んでんのか?

「そういえば先輩ってどこ守ってるんすか?」

「あれ?言ってなかったっけ。俺マネージャーなんだよ」

「え!?そうだったんですか!」

「うん」

なるほど。だからこんなに気が利くのか。でもマネージャーなのに寮暮らしなんて珍しいな。そんなにここのマネージャーをやりたかったんだろうか。いつか聞いてみよう。

あ、そうだ。晴れて一軍に昇格したわけだしこのこと遼ちゃんに報告しないとだな。自主練ついでにしておこう。喜んでくれればいいけど。




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