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第22球

ホームルームを終えて、さあ部活だと立ち上がると後ろの席に座っている降谷が思い出したように声をあげた。

「今日教室掃除だ」

「おーそうか頑張れ。じゃあ俺先行ってっから。またあとでな」

「待ってて」

「は?!」

「すぐ終わるから」

「あのなぁ…。お前は今日から一軍だし俺とグラウンドも違うんだぞ。一緒に行く意味ないだろ」

「どうせ最初は全員ランニングだし。待っててね」

「……はいはい」

なぜそこまでして一緒に行きたいのかわからないがやけに押しが強いのでおとなしく待つことにした。教室だと掃除の邪魔になりそうだから廊下でぼーっとしていると、なんとなく見覚えのある二人組が俺の前で立ち止まった。

「部活行かねーのか?」

「…えーと、誰だっけ」

「あ?」

野球部のやつらだってことはわかるけど、名前はわからない。いつもの俺なら軽く流して終わりにするけど先日社交的になると誓ったばかりの俺はひと味違う。どんな形でもいいから人間と関わりを持つんだ。そうだ。だからいくら目付きが怖いからって同級生にビビんな俺。

「…そんな睨むなよ。自己紹介してねーんだから知らないのが普通だろ」

「お前はいちいち自己紹介しねーと人の名前覚えらんねーのかよ」

「まあまあ金丸。んな喧嘩腰でつっかかんなよ。ほぼ初対面なんだからさ」

「つっかかってねーよ!」

いやいや何言ってんのお前。十分つっかかって来てただろ。俺の気が強かったら今頃喧嘩に発展してたぞ。

「俺は東条秀明。そんでこいつは金丸信二。俺たち同じシニア出身なんだよ」

「へえ…」

「おい東条。何勝手に…」

「まあまあ。良いじゃん別に」

目付きが悪いやつが金丸で、さっきからそいつを宥めているやつが東条というらしい。

「金丸に東条な。俺は氷上悠。出身は…」

「蒼林だろ?」

「…えええ」

「なんだよ」

「何でお前人の出身まで把握してんだよ。こえーんだけど。ストーカー?」

「はあ!?ちげーよバカ!」

「蒼林ってかなり有名じゃん。多分大体のやつが名前くらいは聞いたことはあると思うよ」

東条の言葉に目を丸くした。確かにあの事件が起きた時は新聞に取り上げられたりもしたけど…

「蒼林って軟式なのにお前全然硬球怖がんねーよな。昨日の試合もパカスカ打ってたし」

「サードランナー忘れてたけどな」

「……お前俺のこと嫌いなのか?」

「金丸は大体のやつにこんな感じだよ。俺はもう慣れたけど」

東条はそう言って明るく笑った。金丸はそれを見て斜め下を向きながら舌打ちを打つ。この二人見事に陰陽分かれてんな。

「で、お前部活は?」

「ああ…降谷が待ってろってうるさいから待ってんだよ」

「女子かお前らは…」

「女子とか言うな!お前らもいつまでここにいんの。早く部活行けよ」

俺の言葉を聞くと、金丸の額には青筋が浮かび、やがてわなわなと震え始める。おいどうした金丸。

「誰のせいで長居するハメになったと思ってんだよ…!」

「え?俺のせいなの?」

「どう考えてもそうだろーが!お前が俺たちのこと知ってたらすぐに終わるはずだったんだよ!」

「ごめんごめん!怒んなって」

はははと笑っていたら金丸にまた舌打ちをされた。うーん…ほんと柄悪いなこいつ。絶対来年になったら後輩に恐れられるよ。同年代の俺ですら怖いし。

そんなことを考えていたらいつの間にか二人が目の前から消えていた。一言声掛けてくれればいいのに。まあ、別にいいけど。

「掃除終わった」

「んじゃ行きますか」

着替えてグラウンドに行くと既にほとんど揃っていた。監督から一年は全員走っているように指示を受け、いよいよ今日の練習が始まった。




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